東京と言う名のファンタジー、『冥都七事件』
冥都の方が文庫化されていて、あとがきを読んで続編が刊行されていることを知り、びっくりして本屋で探したものの捜索に失敗。結局イーエスブックスで注文してしまったと言う、それでもお気に入りの作品です。力説。
昭和七年、戦前。東京三十五区を駈けずり周り、明治時代の怪事件を調べ上げてはものにする、早稲田の学生で素人記者のちょろ万こと阿閉万と、阿閉君の拾ってきた謎の数々をずばずば解決する、下宿の家主・玄翁先生。と言うフォーマットでお送りする連作集。題名通り、冥都が品川・大崎・三ノ輪・向島・根岸・飛鳥山・日比谷の七編、もう一方は浅草・高輪、麻布・日本橋・新宿・上野・駒込で計十四編。
店子と大家の愉快なキャラもさることながら、まるで本当に祖父の代に書かれたかのような古風な文体と、風俗の描写には強く惹かれることしきり。文体に癖がある、読む人を選ぶ、と言う書評を多く見かけますが。明治から昭和初期と言う時代に対する、こうなんて言うか。自分が生まれていない時代への、ありうべからざる郷愁。そういうものを掻き毟られる文体です。この作品はこの文体でなければならないし、この文体だからこそ東京と言う名のファンタジーが成り立っているのだと。この文体についてこられないと言うことは、畢竟この作品についてこられないと言うことなのです。これこそ口に出して読みたい日本語。と思って実際音読してみたら、思ったより語呂が悪かった。さては節か? 節まわしが大切なのか!?
シャーロック・ホームズシリーズは勿論推理小説の名作中の名作中の名作ですが、創元推理文庫のミステリガイドでしたか、ヴィクトリア朝時代の風俗を伝える小説としても貴重である旨の書評を読んだ覚えがあります。実際、思えばホームズものを読んだとき、文章からは、ここではないかつてあったどこか、霧煙る倫敦を頭の中に勝手に思い描いたものです。そういう、想像の滑走路となるべきものが、確かにホームズものにはありました。
思い描いた結果が、歴史的事実に照らし合わせて正しい必要はありません。第一、人の空想に正しい間違ったと言う価値をつけようなどとは、思い上がりも甚だしい。
帝都とか、戦前とか。明治時代の闇だとか。そんな言葉から空に想いを馳せさせてくれる。空想の滑走路であります。
…ああ、古地図欲しくなってきたなり。
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