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2004.11.12

松本明子、アラファト死去で思い出される突撃取材

松本明子、アラファト死去で思い出される突撃取材(ZAKZAK)

 松本がイスラエル・ガザ地区の議長府で議長と対面したのは1995年2月。日本テレビ系バラエティー番組「進め!電波少年」の特番企画で、アラファト議長と「てんとう虫のサンバ」の替え歌で「アラファト(と)私が夢の国ぃ~」のデュエットを目指した。

 そんなことしてたのか。

 手元の資料(と言っても例によって『中東戦争全史』なんですが)によれば、ラビン首相がユダヤ人の強硬派によって衆人環視のもと殺害されたわずか三ヵ月後。パレスチナ側でも対イスラエル強硬派が勢力を増し、ハマスに加えてイスラム聖戦が活動を活発化させていた頃。オスロ合意の和平ムードが、急速に冷え始めた頃合の様子。
 なんていうかよく無事だったなあと言うのもあるとして、本人達がどういうつもりにせよ、「極東からわざわざ会いに来た」と言う事実もまた残るわけで。
 アラファト議長がもしなんかこの訪問を勘違いされていたとしたら、ずっと勘違いしたままで天国に召されていればいいなあと。そんな風に思う昨今です。

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