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2006.09.01

83年前(★☆)

リンク: 関東大震災 - Wikipedia.

 本日9月1日は防災の日。言うまでもなく、1923年の関東大震災を記憶すべく創設された日であります。
 今日は政府機関主導で大規模な避難訓練などが行われましています。調べたわけじゃないですが、政府を挙げて地震を警戒する日を設けている国って言うのは、日本くらいなんじゃないでしょうか?
 カナダあたりの9時のニュースの国際こぼれ話で、「日本では今日~」とか言われてそう。ちょっと愉快です。

 つい先日亡くなった吉村昭さんの関東大震災と云う本を、前に読んだ事があります。地震の被害とその趨勢を、実体験の話と共にまとめた本でした。
 ずいぶん前に読んだもので、これ書こうと思って探したのに出てこなかったので、正確なところは一読することをお勧めするわけですが。
 地震となれば、火災などの二次災害が大規模になることは予め予想されていたこと… 江戸時代の広小路など、延焼を防ぐための空間が、開発によってふさがっていたため… をはじめ。
 一緒に遊びに行った友達が震災から逃げる最中、飛んできた焼けた鉄板に首を飛ばされたという人。
 地震が起きる前にカツ丼の出前を頼んだら、お店がものすごい根性を発揮してしまい、避難先の公園にカツ丼を出前して貰ったがために、「こんなときにカツ丼を食っている奴がいる」と言われて肩身が狭い思いをしたと言う話。
 そんな色々な話が、被害の動きとともに紹介されています。

 そして関東大震災の話をする時に、避けて通れないのは虐殺の話です。詳しい事は申し述べませんが。虐殺の原因となった風評を流したのが、新聞など当時のメディアであったこと。
 そしてその結果、「風評から国民の利益を守る」ため、言論への当局の介入が大規模に行われる結果となりました。とまあ、確かそんな風に書いてあったわけです。ここを調べたくて資料を探したわけなんですが。

 83年前の今日に比べ、今日の情勢はいかばかりでしょう。今日、大規模な地震が起き、火災や特に停電が…… それが絵空事でないことは、今年東京の人が体験したばかりです…… 起きた時、流言が流言でないと言いきる事が出来るでしょうか。隣近所の人全てがそうだと言う事に、あえて異を唱える事が。そもそも隣近所の人たちを、どれだけ把握しているのでしょうか?
 流言が力を持ったのは、異者への恐怖と云う日常潜在的な感情に、地震と云う非日常が薪をくべ、情報と云う権威が点火したから、と言えるでしょう。
 今日人によっては近所の人すら、否、家族ですら恐怖を覚える異者です。そしてネットは迅速に情報を伝え共有することを可能にしますが、そこで流される情報が、恣意的なものでないと言う可能性も、正しいと言う可能性もないのです。
 日頃、そういうものに騙されない、と云う意識と訓練付けをしていたとしても、非日常の中に放り込まれた時、自分は情報を峻別できる、と言いきれるでしょうか。僕には自信がありません。まして、新聞やテレビですら、正しい情報を流せなくなるとしたら。

 日常にあって非日常に備えることなどそもそも不可能なのだ、と喝破してしまうのは、あまりに不毛ではありますが。無駄になるやもしれぬ、と思いつつも、心構えを絶やさないことが大事なのかも知れません。
 地震の被災者になることを、防ぐことは出来ません。しかし、加害者になることは防ぎたいと思うのです。

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