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2007.02.06

文とキーボード。(☆☆☆)

リンク: ITmedia +D LifeStyle:ネットから長文が消えたいくつかの理由 (1/3).

 ちなみに自分はテキストエディタに全部コピーして、打ってからもとに戻してます。メールのときも大体同じ。
 ただこの小憎らしいIMEの奴輩メが、何もかも巻き込んで落ちやがるのが泣き所なのですが。

 それはさておき、こちらの記事を読んでつらつらと思うところがいくつか。

 「ネットでは文字だけのコミュニケーションになり、面と向かって話すのにくらべ誤解を招きやすい」、こんな論調を以前はよく耳にしましたが(今でも言われてるんだと思いますが)、自分は前からこの論旨に違和感を持っていました。
 とはいえ自分でもなんだか上手く説明できず、色々理由を考えた結果。むしろこれは逆ではないか、そう思った訳です。
 面と向かって話していたり、電話で話していたりする場合。話している内容そのものに、態度や声色といった別の要素が絡まってくる為、相手を自分に都合良く誤解できる、そんな余地が多く残されている。人間が物事を自分に都合よく思い込む能力ってのは、そりゃもう凄いものですからね。
 それがネットになり、文面だけが飛んでくると、そういった誤解や妄想の入り込む余地が少なくなる。意味そのものが抜き身のようにまっしぐらに突っ込んでくる。だからこそ、ネットでは意味の取り違えの(と受け手が感じる)トラブルが起き易いのじゃないか、と。

 従来そんな風に考えていたのですが、それだけでは説明的には不十分ではないかと思ったわけです。

 そもそも、上のように考えた理由はといえば。自分は(PBMプレイヤーだったので)昔っから手紙を書く機会が多く、云わば文章系のコミュニケーションと云うものに、に意図せずして慣れていた前提があります。
 考えてみれば、手紙も文字だけのコミュニケーションですが、だからと云って格別に誤解を招きやすいと云う批判を浴びたとも思いません。逆に、手紙に人柄が現れる、と云う認識が、むしろ一般的だったのじゃないかと思います。考えてみれば、それほど不思議なことでもありません。手紙をわざわざ書こうと云う人は、それなりに文章系のコミュニケーションの訓練がある人なわけですからね。

 しかしどちらかと云うと、文章系のコミュニケーションは少数派です。電話だとか、直に話すとか、とにかくそういう音声系のコミュニケーションの方が、機会も多く、訓練のなされている人も多数だと思うのです。手紙は書かなくても暮らしていけますけど、人と話さずに暮らしていくのは困難ですからね。
 コミュニケーションといえば、世間的には、即ち音声系のコミュニケーションであった。そこに不意にネットと云うものが、それも急激に一般化してきた。

 この新しい波を、狙ったにせよそうでないにせよ。元々文章系のコミュニケーションの経験があった人は、ネットと云う「新しい文章系」に、わりと簡単にフィットする事が出来たと思います。
 PBMの仲間内では「物理」と云う…… たぶん身内用語がありますが、これは普通の郵便や手紙のことを指しています。「電子メール」の対義語として、「物理メール」と云う言葉が作り出された、と云うことなんですが、ここで重要なのは。コミュニケーションをとる上で大事なのは、乗っている媒体が紙であれ、電子であれ、媒体の上に乗った「テキスト」が重要なのだ、と云う共通認識があるところではないか、と思うのです。

 その一方、音声系のコミュニケーションを主としていた多くの人は。文章系のコミュニケーションの訓練を持たず、そもそもそういうものがあることを知らずに、音声系のコミュニケーションの手法を、そのままネットと云う文章系のコミュニケーションに持ち込んでしまいました。
 その結果、手法の違いでそぎ落とされた多くの意味が、色々な誤解だなんだを産み、上のような認識に結実したんじゃないか、と思うのです。

 そもそもは別にネットであることが問題だったのではなく、文字だけのコミュニケーションであること、そして文章系で意思をやりとする訓練が不足していたことが招いた問題ではなかったのかな、と思うのです。しかし元々音声系のコミュニケーションを得意とする人が多数だったために。「ネットでのコミュニケーションは特殊なもの」と云う、変なレッテル付けがなされてしまったんじゃないかな、とか。誰かと手紙のやりとりをした経験を持っていれば、それほど特別でも、特殊なものでもなかったはずなのですが。

 インターネットリテラシーと云う言葉がありますけど、「読み書きなどの基本的な能力」って、わざわざ読み書きと言っているあたりに、この辺りの感覚はありそうな気はします。

 いずれにせよ、書く事は、思考をかたちに落とし込む行為です。せっかく文章を書ける、そして人に見せられる環境があるんですから、有意義に使いたいものだと思った次第でありました。はい。

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コメント

 視覚情報とかの「文脈」を伴って発せられる言葉って、受け取られ方がプラス方向とマイナス方向に分かれる可能性はわりと半々な気がしますが、文章のみの場合は圧倒的にマイナス方向の受け取り方が多い気がします。
 見えないことからくる不安は大きいってことなんでしょうね。
 悪い方ばかりに想像力が膨らむという。

 PBMは、数少ない文章情報から相手の意図を理解して、自分の望むことを分かりやすく文章にして伝えないと活躍できない、って因果関係が身に染みてわかる分野だから鍛えられますよね~。

投稿: ミサイル超獣 | 2007.02.06 10:42

ATOK!ATOK!
慣れたらIMEがますますいらない子に!
しかし活字離れしていくのに世界は文字ベースになっていくのですね。

投稿: KK | 2007.02.06 11:03

「ネットでのコミュニケーションは特別でも、特殊なものでもない」というのは全くもって同感なのですが、「文章系」と「音声系」コミュニケーションという対立のさせ方にちょっと違和感を感じました。

例えば、メールでの1対1のコミュニケーションの場合。
これが手紙(物理メール)の延長線上にあるのは間違いないと思います。
しかし、例えば身内の運営する掲示板、友達のブログのコメント欄、閲覧者の多い匿名掲示板。
これはそれぞれまた違ったコミュニケーションとなります。

これは「音声系」コミュニケーションでも同様。
家族との対話、営業トーク、講演から街宣車まで「音声系」ですが全く違うスキルを要求されます。
要はどこに向けられたコミュニケーションなのか。
対象を想定して言葉を正しく選ぶ、いうなれば「間合い、距離を見切る」スキル。

ネットにより不特定多数に対する発信が容易になっただけに、この感性の必要性は上がっていると思います。
全く違う年齢、職業、環境、性別、国籍、人種の人も見るかもしれない、という想定で表現を選ぶことは、対象のはっきりした手紙のやりとりとはまた違ったものだと思うのです。

ネット内で起こるディスコミニュケーションの一番の原因は「表現力不足」や「誤解」ではなく「断絶」や「乖離」で、それは「想像力の欠如」に起因していると思う次第です。
長くなってごめんなさい。

投稿: キャプテン | 2007.02.07 00:45

>ミサイル超獣さん

 やっている時はそんな事考えてやっているわけではないですが、確かにPBMはテキストの分析そのものですからね。自然に鍛えられちゃってる部分はあるんでしょうね。
 見えない部分があると~ と云うところは同感です。知ってる人からのメールでも、色々不安になることもありますしね(笑)。そういう不安的なものも、技術とか心構えでカバーできるようになりたいなあ、と思います。

>KKさん

 むむ、やはりATOKですかね。実は前々からすごい興味はあったんですが、ちょっとお高くて踏み切れずに居たのです。
 ちょっと身辺落ち着いたら、さぐりを入れてみたいと思います。一太郎とセットのほうがお徳なのかも。いやどうもワードは肌に馴染まなくて。

>キャプテンさん

 あああ、すいませんおっしゃる通りです(汗。上を書いた時には、一対多のケースはすぽーんと抜けていました。
 そもそもこの事を考え出した出発点が、前に事件絡みでネットが取り上げられる時の常套句への反論だったので、メールみたいに元々一対一のコミュニケーションや、結果的にそういう状況に陥ったケース(掲示板でケンカはじめちゃうとか)のことが念頭にあったというか、それしか念頭に無かった次第です。そんな流れで、まあ主に手紙に馴染みがあったので、音声系と文章系と云うくくりに持っていったんでしょうね。

 一対多を大雑把に分けるケースをつらつら考えてみましたが、これはくくりを考えるだけでも相当難しいです。特定少数から不特定多数までありえるわけですし。

 うまくまとまりませんが。意識の上で、「どんな人が見ているか判らない」と云う土台をまず固めて、その上で「どんな人に見て欲しいか」と云う構造が上手く乗っている、そんな感じのページとか個人って云うのは、学ぶものが多いし、読み取りやすいと感じますね。
 逆にやっぱり、「見られる事を意識していない」んじゃないか、ってて思ってしまような頁を見かけることもあって。どうにもこうにもな気分になることも多いです。その背後にあるものが何かとしたら、想像力の欠如につながっているんだろうか、とそんな風に考えました。

 これはまた、時間をおいて考えないといけない問題ですね。
 荷造りしながらつらつら考えてみます(笑)。

投稿: sn | 2007.02.07 21:33

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