一年に一度嘘をついてもいいこの日、年中嘘を吐く輩は一体何を語るのか?(★★★★★)
いつかのこと。大きな川の岸辺、橋のないところに男が住んでいた。
川の向こう岸に渡るには、とても上流か、とても下流の橋まで遠回りしなくてはいけない。周りの住民は、とても不便に思っていた。見渡せば行けるところにあるのに。誰か橋をかけてくれないものか。いつもいつも、そうこぼしていた。
男は聞いた事があった。死んだ父親から。昔、そこには橋がかかっていて、自由に向こう岸と往来が出来たのだと。
みんなが不便そうにしているのを見て、しかし誰も橋をかけないのを見て、男はとりあえずやってみることにした。男はもちろん橋をかけたことなどなかったけれど、周りの人が往来する位の役に立てばいいだろう。そんな風に思った。
苦労し、内心少し楽しみながら、男はかんかんと作業を続け、やがて川には、あっけなく橋がかかった。粗末で、みすぼらしく、いかにも危なっかしい橋だったけれど、それはともかく橋だった。
まず最初に、誇らしげに自分で作った橋を渡る男を横目に、住民達はおっかなびっくり。しかし男が渡りきったのを見て、なんとかおそるおそる、他の人も橋を渡り始めた。
近くの人はやがて普通に橋を渡るようになり、そのうち遠くの人も橋を渡るようになった。やがて橋を通る道が出来た。どこか見知らぬ遠くから来る人、男のことを知らぬ人が通り過ぎるようになった。
橋の上はいつも、男の知らない人でいっぱい。男の造った橋はだんだん痛みはじめていた。男ははらはらしながら、橋のたもとに立っていた。
ある商人は、橋を渡ってこう言った。
「この橋を作った男は、今頃さぞかしとくいになっているだろう。しかし、ここに橋を作れば便利なこと位、ちょっと考えれば誰にでもわかることだ。それほどえらいことではない」
三人組の旅人が、橋にさしかかってこう言った。
「便利なことは便利だけれど、それにしても、なんて粗末な橋だろう。僕だって、もっと立派な木の橋を立てられるのに」
別の旅人が口を開き、
「私なら、しっかりした石の橋を作るとも。こんな粗末な木の橋で、落ちでもしたらどうしてくれるやら」
最後の旅人は自信たっぷりに、
「だいたい吾輩に相談すれば、最初から鉄の橋をかけてやったのだ。こんなみっともない橋をかけた奴は恥ずかしくないものか」
男はいやな気分になったが、何も言わず黙っていた。
この橋は間に合わせだと、男も判っている。ここに木や石や鉄の橋を架かって、人がその上を通るさまを考えれば、少し幸せな気分になれた。
ある日嵐がやってきて、川の水はいっぺんに溢れた。いたんだ男の橋はひとたまりもなく一気に押し流され、雨が上がったら、はじめから。まるでそこには、何もなかったかのように。
そのあとどうなったか、って? そのあとは、なにも起こらなかった。何も変わらなかった。
橋は二度と架からなかった。鉄の橋も、石の橋も、粗末な木の橋すらもかからなかった。橋がなくなり、道もなくなった。周りの人は不便だ不便だと言いながら、遠い上流や下流の橋まで回り道をするようになった。
全ては元の通りになった。変わったのは男だけだった。男はもう、川のたもとにはいない。男は家に閉じこもって、耳を塞いで暮らしていた。
誰か橋をかけてくれないものか。誰か橋をかけてくれないものか。聞こえよがしにつぶやく住人達の声を、必死に耳から閉め出して。
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