偽書「東日流外三郡誌」事件(☆☆☆)
リンク: Amazon.co.jp: 偽書「東日流(つがる)外三郡誌」事件: 斉藤 光政: 本.
東日流と書いて「つがる」と読める人は、たぶんこの本で取り上げられている「東日流外三郡誌」について聞いた事があるはず。
古代から中世の入り口にかけて、かつて東北を中心とした「もうひとつの日本」があった…… そんな主題を取り上げ、青森県を中心に広まった古文書群、東日流三郡誌。このかつて謎だった古文書がいかに現れたのか。そして論争と喧噪の中で、「量的には最大の偽書」とまで言われたその正体が顕されていったのか。その行く末が記された本です。
タイトルに「事件」と記されている通り、この本が主題として取り扱っているのは、東日流外三郡誌の内容や矛盾点についてではありません(もちろんそういう点に関しても十分な言及があります)。この本が主題としているのは、この古文書郡がどのような人々を巻き込んで、どのような事件を、どんな経緯で巻き起こしたのか。ただ「偽書」のみを取り扱うのではなく、偽書に関わり、偽書に振り回され、あるいは偽書の犠牲になった。まさに『「東日流外三郡誌」事件』を取り扱った本となっています。
著者は青森県の地方新聞である東奥日報の記者さん。なりゆきから三郡誌との関わり合いが生まれ、十数年にわたりこの事件を最初から最後まで(他の仕事のかたわら)追い続けることになった著者が、関係者の進めで事件の総まとめとして描き出しています。
生まれ、育ち、一人歩きを始め、そして亡霊の如く今だにどこかを彷徨っている、偽書と言う名の事件。言わば御本人もかなりの意味でこの『事件』の関係者であり、読んでいると、そのかんの経緯で相当不愉快な思いもされたのだろうなあ…… と、かなりの労苦を影に感じもするのですが(マスコミが偽書だと取り上げるから関係者の子弟がいじめにあっている、と支援者に言われるなど)。文章は平易であり、極めて冷静であり、マスコミの擾乱された有様、また自分自身の所属する東奥日報がかつて三郡誌を取り上げていた事にも、目をつぶらずに取り上げるなど、実にバランス感覚の取れた文体で、極めて好感の持てるものです。
悪が勝利する唯一の条件は、善良な人々が何も行動しないことである。手がかりを得て自己成長を始める怪物の如き偽書の姿を見るとき、それにしても、この言葉が脳裏を過ぎらざるを得ないのです。
ついでに。ちょっと面白かったのが、著者の斉藤さんが知り合いに「あなた漫画に出てますよ」って教えてもらう、と言うくだり。なんとその漫画はとり・みきの石神伝説。うんちく担当の我孫子記者が、外見はともかく、東北編での言動が斉藤さんにそっくり。というわけで、大変お気に入りで読んでいた著者さんだったのですが。作中の展開で我孫子記者が(批判記事を受けた政治家の圧力で)新聞社を辞めてフリーライターになったのを見て、コミックの中とはいえ、思わず我孫子記者の幸福を祈ってしまったとの由。
そういうわけで、石神伝説が好きな人にも大変お勧めな、この一編でありました。
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