« SFっぽいルック&フィール。(☆) | トップページ | やっと一息。(☆) »

2009.04.09

【感想】『ウォッチメン』

 死んだ男はコメディアンだった。それが終わりのはじまりだった。

 1985年の秋。アメリカにかつてヒーロー達が実在し、神がいまも実在するもう一つの世界。たとえニクソンが三選され、アメリカがベトナム戦争に勝利し。電気自動車が街を走り、無料の新エネルギーを求めて科学者が奔走していても、その世界は我々の20世紀と本質的には何も変わらない。
 アフガニスタンをはじめ世界のあちこちに火種を撒き散らしながら、米ソ両大国は破滅寸前の睨みあいを続け、人類を滅ぼしてもなお余る核兵器を際限なく増産し、ボタンに親指をかけたまま、今日がその日ではない事をお互いの神に祈っていた。

 冷たい雨の降り続く、暗く、陰鬱な、救いの見えない冷戦と言う時代。
 かつてアメリカを風靡した覆面の正義達。第一世代であるミニッツメン、そして第二世代のウォッチメン達も、しかし今はもう姿を消していた。ほんの僅かな例外を残して。

 1985年の秋。世界に残された三人のヒーローの一人が暗殺され、もう一人がそれを嗅ぎ付けた。正義を貫かんがために世界全てに逆らい、一人街を行く覆面の男・ロールシャッハは、エドワード・ブレイクと言う老人の死を調べる内に、彼がかつての仲間・コメディアンである事を知る。
 コメディアンはどうして死んだのか? 誰が? なぜ? なんのために? 真相を求め、警告を発するため、ロールシャッハはかつての仲間達の元を巡り始める。
 煩悶する実直な相棒、ナイトオウル二世ことダン・ドライバーグ。
 億万長者となった若者エイドリアン・ヴェイト、またの名をオジマンディアス。
 母親の名とコスチュームを受け継ぐことを強いられた女性、”シルクスペクター”ローリー。
 そしてアメリカに実在する神- あらゆる物理現象を自在に操り、あらゆる時間軸を同時に観測する。米ソの軍事バランスをたったひとりで支える神、ジョン・オスターマン、Dr.マンハッタン。

 しかしロールシャッハの活動と裏腹に、マスクを脱いだヒーロー達の周りで不可解な事件が起き始める。死せる者、生ける者、ウォッチメン達はそれぞれの過去と現在とを辿り、ある者は望んで、ある者は否応なしに、敵も判らないままに戦いに呼び戻されていく。
 なぜコメディアンは死んだのか? ひとつの謎に導かれ、やがて彼等は吸い寄せられていく。知ってはならない真実に--。

 というわけで。かの有名なウォッチメンの映画版。こないだようやく見て参りました!
 ううううんむ、自分としてものすごく正直な偽らざる感想は、「よくがんばった! すごくがんばった!」と言うもので。
 ええ、ウォッチメンをもし映画化するとしたら、これ以上にするのはたぶんきっと無理だと思います。筋立ての簡略化は巧みですし、ビジュアルの再現度は目を見張って呆れるほど。アクションシーンも上手く盛り込んで、きちんと見せる作品になっていると思います。でもなんだ、こうしていろいろ書いていくと、なぜ弁護するような書き方になってしまうのか、なにか残念でならない無念でならない。だってウォッチメンだよ! ウォッチメン映画化したんだよ! その蛮勇を成し遂げた勇気と能力をこそまずは賞賛するべきで、いやんううん。「すげえすげえおもしれえおもしれえ」って言う、こういう映画を見た時にこれでもかと叩き出てくるような衝動が不思議にも。見たとききっと疲れてたんだ。きっとそうだ。

 いやまあ、逃避しないできちんと考えましょう。まず最初から判りきっている事ではありますが、この映画は原作をきちんと読んでおいた方が楽しめる、と言う口です。原作を読んでない人は全く楽しめない………… かと言うと、そうではない、と思いたいところ(汗。
 ただ、どちらかと言うと。「この話はどういう話なのか」と言うのを知るために見に行く、と言うのではなく、「原作はかなり読んだ。あの原作を映画化するのはものすごく難しそうだけど、それをどうやって実現して見せたのか、それを見たい」と言う観点で見に行くものだと思うんですよね。

 で、映画化である以上、それはアラン・ムーアの原作を、ザック・スナイダーが解釈し、そして映画化した映像作品である、と言う解釈になると思います。あ、それが悪い、って言うんじゃないですよ。むしろ正逆で、「原作をザック・スナイダーはこういうふうに解釈して、こういうふうに整理したのか」って言うところが、変更点のあちこちにかいま見えるところなんですよね。原作にあった同じ台詞でも、発言者と発言するタイミングを変える事で、また違う解釈を見せていたり。また、原作に無い台詞をほんの一言二言付け加えるだけで、「内面をこういうふうに解釈してたのか」と驚いてみたり。そういう意味では、有名な筋立ての演劇を、新しい演出で見に行く、と言う感覚に近いものがあったのかも知れません。

 いずれにせよ、もともとがとんでもないほどの濃密さを持っている作品です。あらゆるコマに意味がある、気がする。この「気がする」と言うところが実は重要で。無論、言うまでもなく、もともと、とんでもないほどの濃密な意味が込められた作品です。絵柄、テキスト、ほんの小道具、添えられた文章に至るまで、意味を山盛りにしてあふれ出すほど盛りつけて、それでも足りないとばかりに上から流し込んだほどに。
 そして、にもかかわらず省略されている。語られていない部分、語り尽くされていない部分が残されていて。さまざまなディティールに、ひょっとしたら何の意味もなかったのかも知れないところにまで。何か、ものすごい意味が込められていると解釈し、読む者が意味を見いだす事が出来る。電撃版の解説にあった「あなた自身を見つめる事になる」という言葉通りの作品です。

 ただ、映像化するにあたって-- いや、たぶんノベライズしても演劇にしても一緒でしょう-- コミック(+文章)と言う媒体で、危ういほどのバランスで盛りつけられた意味を、そのまま持ち込む事はどうしてもできない。時間の制約もあれば、意味的な制約もある。そういう意味では、溢れるほどに贅沢な意味の洪水を、映像でも理解できるように省略した事。そして逆に、コミックでは省略する事が出来た部分を、映像では否応無しに映像化せざるを得なかった、と言うことが。自分の中で、どこか納得しきれない部分として残ってしまったのかも知れません。

 …………いやー、まあ、いろいろ書きましたが実情はたぶんあれですね。ウォッチメン映画化! ってことで、心の中のハードルが、青天井知らずに第一宇宙速度並に上がっちまったせいで、ううんもう一声、みたいな感じの印象になっちゃったのかな、と。あと仕事で疲れ(以下略)。

 ウォッチメンの映画としては、これ以上はちょっと思いつきません。凄まじい努力と、迸りすぎてやや周りを置き去りにしてしまった熱意とは、途方もないものだと思います。この映画を見て、思い悩んで、原作を手にとってくれる人の多い事を、楽しみにしたいと思います。

|

« SFっぽいルック&フィール。(☆) | トップページ | やっと一息。(☆) »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

やっと見てきました!!
雰囲気、それが全て!!
動いてるロールシャッハがあそこまで格好いいとは・・・
あれだけ泥臭い戦いの中、起き上がって最初にやることが「帽子を拾ってかぶる」
なんというこだわり、なんという妥協の無い生き様。
ハードボイルドって言葉を思い出させていただきましたよっ!!
ああ、語り合いてぇですw

投稿: くろまる | 2009.04.24 23:12

 すいません、すっかりコメント遅くなってしまいまして(汗。
 ロールシャッハはいいですよね。絆創膏具合とかの再現度とかがもう。妥協することが出来なかった、上手く立ち回れなかった男の悲しくもある気概。それだけに、どれだけの人がついてきているのか結構心配だったんですが……。

 不思議にも、原作を読んだ事がない(どころかアメコミものの映画も普段見ない)知人から、わりと好評な感想が聞けたり(うち一人は翻訳まで買ったとのこと)、嬉しく思っております。原作が好きすぎると却ってやいやい言っちゃうものの、あれでよかったんでしょうね、きっと(笑)。

投稿: sn@散財 | 2009.04.30 23:16

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11580/44619535

この記事へのトラックバック一覧です: 【感想】『ウォッチメン』:

» 映画『ウォッチメン』を観る [ノンシャラン逍遥記 Part2]
 賛否両論分かれる映画だ。俺自身は絶賛する側に回るわけだが、それはこの映画と「極めて幸運な出会い」をしたという個人的な事情による。少し長くなりますが、まずそれを説明しましょう。   『ウォッチメン』というコミックの存在自体はずいぶん前から知っていた。フランク・ザッパのアルバム『オン・ステージvol.2(ヘルシンキ・テープス)』の国内盤(MSI盤)ライナーで八木康夫さんが名前を挙げていたのを見たのがきっかけだから、もう20年近くも前になる。  で、「傑作カルト・アメコミ」として気になってはいたのだ... [続きを読む]

受信: 2009.04.14 19:28

« SFっぽいルック&フィール。(☆) | トップページ | やっと一息。(☆) »