【創作】鏡(★★☆)
自惚れ屋の弟は、隣の兄に言いました。
「兄さんが何をいじけているのか解らないね。
考えてもごらんよ、どんな美女だって、僕らの前で惚れ惚れとした顔になる。誰にも見せないような顔を見せて、僕たちの前で、飽きずに何時間も過ごす人だっているじゃあないか」
悲観的な兄は、弟にこう言いました。
「お前が何をうぬぼれているのかが解らないね。だいいち彼等は、決して僕らを見ているわけではないじゃあないか。僕らの中に、自分の見たいものを見て、僕らの声に、自分の聞きたいものを聞いて。いったい考えてもごらんよ、自分ににつごうのいいことばかりを見せるようなものを、そう、誰がそんなやからを嫌うものかね?
しかし、彼等は決して僕たちを見ている訳ではない。ああ、まことの暗闇の中、一片の光もない闇の中にしか、僕たちの真の姿はない」
「しかし兄さん、そんなところじゃあ誰も何も見えやしないよ」
「ああそうだ。だから誰も僕たちの本当の姿など見やしない。だいたい興味もないし知りたくもあるまい、見たいものだけを見せて聞きたいものだけを聞かせてくれれば、それが何でも構わないのだ。オウムであろうとも白昼夢であろうとも」
「ああ、犬や猫は可愛いのは」
「ひとえに彼等が喋らないから。そうだろう?」
「しかし彼等も、僕たちが何者かは知っている。そう、ときには僕らの名前を呼ぶこともあるじゃあないか」
「そう、彼等は僕たちの名前を呼ぶ-- 見たくないものを見せたときに。見たものを認めたくないときに。ああ、僕らは良かれと思って忠実に努めを果たした、しかし彼等は言うのだ、この嘘つきめ、この無礼な輩め、と」
「それならば、僕たちなど最初から見なければいいのに」
「ああ、ああ。だから、僕たちなど、最初から見たくもないと言う人も居る。まるでそれが僕たちの罪だとでも言わんばかりに」
「いずれにせよ、同じこと」
「問われるのは、働くときだけ」
「用がなければ」
「覆いをかけられて」
「誰も」
「省みは」
「しない」
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え?
彼等の名は『鏡』なのでしょう、って?
彼等は鏡か、それとも人か。
あなたにとっては、どちらでも同じことではないのですか?
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