トラックバックとリツイートは似ていないだろうか。そしてツイッターしてる人はツイーターでいいんだろうか。(☆)
ということを考えたけど、あんまりまとまっていない現状です。
今やすっかりSPAMに悪用されっぱなしのトラックバックですが、本来はもちろんそういうものではなく、というか未だに理解しきっていない部分はあるのですが(汗。「このブログの記事を引用して、自分が記事を書きましたよ」と言う意思の表示である、と認識しています。
つまりなにかを引用した際に、どこから引用したかを明記し引用元にたどれるようにしておくと共に、引用された側からも「どこに引用された」と言う事がはっきり解るようにしておく、と言うフォーマット。これって恐らくですけど、ベースに引用っていうものに関するきちんとした考え方とか文化があって、それをブログで実装したのがトラックバック、ってことじゃないかなと思うんですよね。
翻って、こないだはじめたばかりのツイッターさんでは、こないだ取り扱い方がちょっと変わって「公式リツイート」と言うシステムが組み込まれていました。非公式に生まれて運用されているリツイートと言う考え方を、オフィシャルが実装化した、と言う事ですね。これにあわせて、公式リツイートと非公式リツイート、さらに非公式のリツイートをQT(クォートツイート、引用つきつぶやき)と呼び改めようと言うふうな動きになっているみたいです(メインストリームなのかどうなのかよくわかりませんが、僕は説明を読んでなるほどと思ったのでQTに一票です)。
もちろんツイッター上でのトラックバックに近い引用ではQTになるのですが、公式RTがひとつのツイートに対し何回も繰り返されている状態は、いわゆる「多くの相手に引用されている」状態に近いのではないか、とも思います。
公式RTの場合、そういった時に「何人にリツイートされている」と言う表示が数字で表されますが、一方で、非公式RT、所謂QTにも独特の面白さがあります。元々の文意はともかく、QTにQTが重なっている様が「引用のルートが辿れる」と言う点で、非常な面白みを感じるんですよね。
元々が誰の文意かを問わず、「その人がQTした」と言う事である種の権威的なものを加える(あるいはそれを期待してる)、一次フィルタ的、情報ハブ的な存在のツイーター(ツイッターしてる人って意味あいですが)は、もうとっくに自然に出来た小さなツイーターのかたまりの中には存在していると思います。むしろ、そういう人を中心に、コミュニティみたいなものは出来るんでしょう。あるいは、そうなることを無意識にか期待して、公式RTを使いこなす人もいるのでしょうし。
あんまりなんかまとまりませんが、引用文化と公式RTとトラックバックって一本の線の上にたぶん乗ってるんだろうなあ。と、そんなことを考えた、なお話でした。
寒いと思ったらまた雪でしたよ。
おかげで会社まで寒い寒い。
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コメント
TumblrのreblogがそのTBとRTの中間みたいな気がします。
つながるつながる...
http://eimelle.tumblr.com/post/386412343/mizki9577-maido3-songi-ry0ch
身元が分かるコピペの連鎖のようでもあり...
http://galiya.tumblr.com/post/330687778/1-1-0-0-0-137
投稿: Aruyo | 2010.02.17 00:05
ははあ、なるほど……。
こういうのを見るとハディースを思い出します、と言おうと思ったんですが、オチを入れるのを忘れてました(笑)。
投稿: sn@散財 | 2010.02.18 21:40