twitter、あなたにとっての青い鳥。(☆☆☆)
僕たちはどこにも行かなかったから、
青い鳥がいるのに気付かなかった。
twitterのマークは皆さん御存知の通り、ちょっと気取った青い鳥。普段はとぼけた顔していますが、いざって時にはフルパワー繰り出して鯨だって空を飛ばせるすごい奴です。まあそれはともかく、今日のtwitterの隆盛を見るにつけて。twitterに触れて利用して、これこそが自分を表現しうるツールである、そうだ我々が待ち望んでいたヤマトだ青い鳥なのだと思っている人も多いのかも知れません。
twitterを賛美し、ビジネスチャンスだと褒めそやし、mixiやブログといったデバイスを時代遅れと見下す人々がが出始める一方、twitter依存症と言う言葉が語られたり、twitterに過度の期待を求めないように、と言う、twitter空虚論と云う風にまとめてもいいようなものが出ていている気はします。
でもそれは、今まで何度も何度も通ってきた道だったんじゃないでしょうか? blogが出てきた時はHTML形式の日記が、そしてmixiが出てきた時はblogが、あるいはメールやチャットや諸々のツールが出てくるたび、繰り返されてきた議論だった(セカンドライフに神様のお恵みがありますように)。
だいたいそう。真っ先に飛びつく人がいて、その人達が楽しんでいるのを見て、徐々に人々が前に居たサービスから軸足を移し始め、ネットメディアが着目し、一般メディアがからかい混じりに取り上げ始め、そして津波のように人々が押し寄せる。
先住者は自分達のルールをエチケットだと訴え、新たな移住者はそれは常識にそぐわないマイナールールだと軋轢を起こし、その間も未来そのもののような存在のように膨らまされ踊らされていき
最後にはまた奔流のように新しいなにか、目新しいサービスに人々は移っていき、訳知り顔に人々は、「前に流行っていたやつね」と、今まで居た空間を誹り始める。まるで自分がそこにいた過去を消し去ろうとするかのように。
しかし、この見方にはどうにもおかしなところがあります。「それ」はサービスに過ぎず、本来、いくつかを併用し、それぞれがもっとも身の丈にあったものを使うべきツールのはずです。twitterが流行るのは解る。でもなぜ、twitterだけを使わなくてはいけないのか。なにもかもtiwtterでまかなうことが、あたかも正しい事のようにみなされるのか?
アウトプットしたい、と言う欲求はそれぞれが持っている(持っていない人もいるでしょうが)ものであり、blogでありRSSでありHTMLでありmixiであり、それぞれの求める機会、領域、方式に従って、複数のサービスを組み立てて使うべきもののはずです。複数のサービスを検討し、組み合わせ、試して失敗したら違うアプローチで挑めばいい。
ネットサービスの点で言えば、いつまで、人々はサービスに使われているのか、と言う気は正直します。サービスに使われながら、サービスに文句を申し立て続けるのか。HTMLの日記で愚痴だけをこぼしていた人は、blogで愚痴をこぼし、mixiで愚痴をこぼし、そして今twitterで愚痴をこぼしているのでしょう。別に、好きな使い方をすればいいと思いますが、それは、そのサービスでなければならないものなのでしょうか? 今、周りがもっとも使っているから、潜在的な影響力を最大化できる、と言う論点を別にすれば。
話は変わりますが、自分にはたとえば、twitterだけの知り合いはたぶんいません。mixiだけの知り合いもたぶんいないし、blogだけの知り合いは、いるなあ、まあともかく。
まあ、自分が知り合いを作るのが苦手だって言うのはたぶんあるんでしょうけども、例えば、blogを通じて知り合った人とtwitterであれこれ冗談を飛ばし合い、mixiの日記があればコメントをつけて、イベントなんかでどっかで合えば、やあやあどうも、みたいに挨拶しに行って、近所に住んでればあれこれ理由をつけて飲みに行ったりもするし、そんなことがなくても、メールでやりとりとかは普通にしていたりもする。
アナログな人間性なのかも知れませんし、それは誰でもそうである、普通のことなのかも知れませんが。twitterはすごいとか、いやすごくないとか。フォロワーの数がどうとかマナーがどうとか言う意見と並行して。サービスは使うものであって、決して使われるものではない、と言う事も、考慮に入れておくべきではないのかな、とか思った次第です。
自分にふさわしい場所はここではない-- と考えて、次々と居場所を求めてさすらっていく。そういう心情のことを、青い鳥症候群と言うのだとか。
塗りつぶしましょう。むしろ青く。青く青く。
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コメント
次々と新しいサービスの渡り鳥でアーリーアダプタみたいな事をしていた私にとっては心当たりもあってギクギクッ!ときてます(笑
以前は海外のサービスのローンチにもアンテナを張ってとびついていたのですが、Twitter以降はそういった情報が普通に押し寄せてくるので、どんな人でも飛びつきやすくなって、「先行者」みたいなのが稀薄になっていくのだと思います。
サービスも組み合わせでやっていくのでしょうし、多様性の時代なんでしょうね、きっと。
投稿: Aruyo | 2010.09.07 23:01
や、これはどうも失礼をしました(汗。
アーリーアダプタというか先駆者的な人達には敬意を持ってますし、どちらかと言うとそこのところではなく、「あとからやってきた人達」に対して、なんか申し上げたい気分になって書いたものだったのですよ-。
「blogは時代遅れ、これからはtwitter」みたいな議論は、もう随分前に盛り上がりきった過去の話題だと思うんですけど。同じような論調は、たぶんこれからも繰り返される。なんだかそういうのがとても残念な気がしてわけなのです。
せっかくいろんな人達が提供してくれてる、サービスの多様性っていうものに、もうちょっと世間が敬意を持ってほしいなあ。と思った次第なのでした。
投稿: sn@散財 | 2010.09.08 20:43