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2010.10.20

暗号形式無洗米。(☆)

 そういえば去年の今頃、無銭LANって云うのが一瞬流行ったような記憶がありますが。そらいかんだろと云うのとは全く関係無く、あんまりなネーミングのうまさには唸りを上げたものです。具体的にはうーうーと。
 それはともかく、きのうの晩帰ってきたら、うっかりしてたらお米を切らしてしまいまして。

 あら困ったわ、と思いつつ、何か駄洒落にでもなんないかなあと思いながら開かない踏切を渡ってスーパーへ。当座の分を凌げるお米だけ買ってこよう、と思ったんですが、これでまたいつもの気紛れを起こして無洗米を買ってきました。いや、実は買ったの初めてなんですよ。無洗米。

 今更ながら、これは手軽で便利がいいなあ、と思ったのは、実際にごはん炊いて食べて二日目になってからの感想で。初日に炊飯器にお米と水を入れてちょっと洗って電源入れた時には、なにか自分が致命的に間違ったことをしているような、どうにもならん不安感を感じたものです。
 まあ、あれですな。長年慣れ親しんだ習慣を変えるって云うのは些細な事、解りきっている事、あるいは保証されていることであっても、(あるいはそうであるからこそ)、心理的なエネルギーってものが必要なんだ、って云う事なんでしょhね、身を以て体験する事は非常に日常にあるなあ。と思う次第です。
 考えてみれば、会社にクールビズって云われて(今年はもう終わりましたが)結構になるのに、あんまりネクタイを外して会社に行った覚えがない。ネクタイなしで会社に行く事で受ける物理的なメリットよりも、それまでの行動パターンのままで行く心理的なメリットのほうが大きい、そう判断したからネクタイをしたまま行っていたんでしょう。

 こういうことは、そこいらへんでいくらでも普通に起こっているし、起こりえる事。
 些細な事をするのにえんらいエネルギーや度胸が必要になる局面って云うのはあって、それがどんなに大変なことかは、大体の場合、他の人には理解することはできない。
 そこで自分には出来て、人にはなかなか出来ない。そんな些細な事に苛立ったり笑ったりする。でもまあ、人に出来て自分に出来ない事を、イライラされたり笑われたりする事を喜ぶ人はあまりいないわけで。なにが大変なのかは、人によって違う、って言う事を。脳の芯のあたりに打ち込んでおくのは、大変重要なことなんだなあ。と思いました。理解できなくても、理解する気がなくてもそう。

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