ハウス・オブ・M、あるいは楽園におけるヒーロー達の物語(☆☆☆)
キャプテン・アメリカがナチスの亡霊を追い、スパイダーマンがニューヨークの摩天楼を駆け、X-MEN達が種族の権利と誇りのために今日も苦闘を続けている、危険と冒険に満ちたヒーロー達の世界マーヴルユニバース。
……だが、今ここは、そこによく似た、誰も知らない世界だった。かつては危険であり、熾烈な闘争もあった。マグニートーと呼ばれたエリック・マグナスが、ミュータントを殲滅せんとする旧人類との戦いに勝利し、新人類ホモ・スペリオールの権利とジェノーシャ国の支配権を勝ち取った、記念すべきその日までは。
世界は平和に満ちていた。徐々に人口を増やしつつあるホモ・スペリオールは、旧人類サピエンとの人口比をまもなく逆転しようとしていた。二つの種族の間には、なおも解決できない深い溝はあったが、それでも大多数の人は、とりわけマグナス王は、理性と協調とで種族の違いを乗り越えようとしていた。
平和な世界の街角に、ヒーローとなっていたはずの人々の姿もあった。誰も彼も、かつて失ったはずのささやかな夢を叶えていた。たとえば、"スパイダーマン"ピーターは、格闘技の世界から映画デビューを果たし、誰もが笑顔を向けるニューヨークの人気者。育ての親の叔父夫婦と愛妻グエン、そして息子に囲まれていた。"ダズラー"アリソンと、"ワンダーマン"サイモンも、ショービズの世界で華々しく暮らしていた。
夢を叶えた者もいれば、運命に狂わせられなければ彼等のものだった、本来あるべき人生を生きる者もいる。"アイアンマン"トニー・スタークは辣腕の社長。”Dr.ストレンジ”スティーブン・ストレンジは精神科医として、"デアデビル"マット・マードックと"シーハルク"ジェニファー・ウォルターズは弁護士として。
現実世界では日陰者だったX-MEN達にとって、大手を振って一市民として暮らしていける事は、そのこと自体がすでに夢だと言ってもいい。サイクロップスやエマ・フロスト、キティ・プライドら、X-MENのメンバー達も、それぞれの人生を平和に、幸福に暮らしていた。夢は満たされた。世はすべてこともなし。
たったひとりの男を除いて。
記憶を失い彷徨い続ける、不死身の男ウルヴァリン。彼のたったひとつの望みは、全ての記憶を取り戻す事。そして皮肉にも。その望みが叶った事が、この偽りの楽園を崩壊に導く蟻の一穴となった。……そう、ウルヴァリンは全ての記憶を取り戻したのだ。きのうまで、ついさきほどまで。彼は忌み嫌われるミュータントであり、世界のありようはこうではなかった、と言う真実を。
全てはウソだ。嘘っぱちだ。真実の記憶と言う爆弾を抱えて暴走するウルヴァリン。やがて彼の暴走は仲間であるはずの人々を巻き込みはじめ、そして真実は恐るべき早さで伝染していく。世界が変容してしまう直前、彼らは、X-MENとアヴェンジャーズは一体何をしようとしていたのか。
かつてヒーローだった事を思いだした人々が、マグナス王家と彼に従うミュータント達に最初で最後の戦いを挑む。外から目を背けた安息は引きはがされ、病み衰えた優しさに包まれた楽園に、指を差しNoを突きつける為に。
はたして彼らは「現実」を取り戻す事ができるのか。……そして、彼らは「現実」を取り戻すべきだったのか?
歴史改変もののエイジ・オブ・アポカリプスが、判りやすいディストピア、というか北斗の拳的「破滅の未来」だったとすれば、このハウス・オブ・Mで描かれている改変世界は、完全とはいわないものの、一つのユートピア。幸福な、もうひとつのあるべき選択肢を誰もが選んだような、そんな世界です。
しかし、この世界の成り立ちが有り得ない事を、ここにある全てが現実ではないと言う事を、不幸にも楽園の住人達は気付いてしまう。そのとき、彼らはどうするのか-- と言うような話です。
これはある種、脱幻想の話と言う気はします。混乱事から目を背け、全てを内向きにしか見ようとしない、でもそこそこに幸せで、それほどの不安を抱いてはいない。……でも、実際にはその仕組みは、大きなウソと偽りの上に成り立っている。そんな社会で「真実」に気付いた者は、どうすべきなのか。
キャラクターのバックストーリーを理解していることが前提になる作品だとは思いますが、マーブル恒例の全社的クロスオーバーとはどういうものか、を掴むにはなかなかお勧めではないかと思う一品。分厚さからすればそれほど高くないと思われますので、ご興味のあるかたはぜひどうぞ。と思う次第です。
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