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2010.12.08

【読書】武士の家計簿、ある親と子の文明開化(☆)

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

 ノンフィクションで古文書の解説の新書を原作にして、映画が出来てしまうと言う。それだけ聞くとどういう事かよくわからない、ベストセラーのこの本。もともとは買おうと思っていた本が手に入らず、かっとなってつい買ったのですが、これは非常に興味深い、面白い本でありました。

 歴史学の准教授である著者が読み解くのは、幕末から明治にかけて、加賀藩の経理を担当した官僚集団・御算用者の一家、猪山家の残した三十有余年に渡る家計簿です。
 加賀百万石と言われる巨大な藩を運営するため、前田家加賀藩は優秀な官僚武士を大量に必要としました。その要求に応えるために組織されたのが、家柄ではなく家芸で藩に仕える下級武士の一団からなる御算用者でした。その中でも代々経理に優れた優秀な学者を輩出したのが猪山家でした。
 しかし重責は重くとも、仕事ではなく主に家柄で収入が決まり、そして定常的な支出を伴う江戸武士のシステムにあって、猪山家の借財はかさみ破算の危機に瀕します。
 このままではいかん。借財整理のため、一念発起して当主・猪山直之が、得意の算学を家の経理に転用して書き始めたのが、表題の「武士の家計簿」でした。やがて跡を継ぐ事となる、長子・成之に書き継がれた家計簿、そして直之と成之とが交わした文書は、様々な意味で大きな意味を持っていました。この親子が生きた時代こそ、最後の武士政権である江戸時代の終焉、そして日本の近世のはじまりの時代だったのです。

 激動の時代と猪山家の行く末を追いながら、筆者の筆は縦横自由に当時の社会のエピソードをいきいきと描き出します。
 意外にイメージと違う下級武士の身分。領地の実像。
 出生すると支出が増える不思議。「身分支出」とでも言うべき、武士のやむにやまれぬ出費。
 そもそも誰から借金をしていたのか、と言う意外な実像。泣く泣く手放したであろう猪山家の家財目録。
 そして東大の赤門と猪山家の意外なつながり、等々。
 中盤からは、直之が息子にあてた書簡の内容がメインとなっていきます。江戸から明治、激動の中で全てが変わっていく社会。失われていく過去の秩序と猛烈な勢いで築かれる新しい秩序に、翻弄され、恨み言を言ったりもしつつ、意外にしたたかに適応し生きぬいていた姿が、事実と資料に基づきながら、どこかユーモラスに、そしてもの悲しく描き出されていきます。

 武士の家計簿と言う最高の食材を得て、著者が料理人の如くに縦横に腕を振るった一冊。気軽に読みはじめられる、奥深い一冊です。
 全てを読み終えると、猪山家がどこにでもいた存在のように考えるのには、ちょっとした抵抗があります。歴史の表舞台から庄子一枚隔てたところに立っていた、知られざる脇役と言うべきでしょうか。

 知られざる傑物はまだまだ多い。そしてなにはどうあれ、一生懸命生きた人達が知られざる傑物となっていく。なんだかそんなことを思う一作でありました。気に入ったので映画も見に行こうと思います。はい。

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