武侠三風剣(☆☆)
太平の果て爛熟に倦み、満つる栄華も腐敗に塗れた、中国大宋も末期は徽宗皇帝の御代。貧富の差はいよいよ烈しく、富める者、権勢を握る者が国も世もほしいままにする乱世前夜の日。
利き腕の自由を失い、逆腕一本で剣を振るう剣士・雪健は、ひょんなことから盗人の少女・元奴に見込まれ、なりゆきで彼女の片棒を担がされる事になってしまう。元奴が狙うのは禁軍、即ち皇帝直属の近衛隊が護衛する、巨額の財宝の輸送隊だった。
ぼやきを入れつつも飄々と、元奴を案じ巻き込まれてしまう雪健。二人の行く先に、そして禁軍の前に立ち現れる、湖族、豪商、そして、かつて死んだはずの喪服の女。そして雪健の眼前に立ち塞がる天下最強の剣士、薫風剣の華風。
いずれが敵か味方となるか、禁軍の財宝を巡る攻防戦は、多くの命を巻き込みながら決戦の時へと突き進む--。
と言うようなお話なのですが、自分としてはの感想なのですが。キャラクターも面白い、筋立ても面白い。何より最後のほうの展開で、あー! そうか! そっちできたか! と思うよう、非常に面白かったのですが、なにがなし、若干惜しい感じが…… と言う気がしてしまいました。
と言うのは、この作品でもっとも印象に残るのは、表題の三風剣のひとり、華風先生。禁軍が用心棒に雇う、と言うほどの剣士であり、黒猫を抱いて飄々と振る舞う正体不明の怪人であり、長生きをするには、なにも我慢などせんことだ、とうそぶく、途轍もなく強く途方もなく自由でありながら、自分自身の定めたルールは律儀に守る、と言う、なんとも言えない暴力的で魅力的な人物。
なのですが、華風先生が自由で魅力的であるせいで、その他の登場人物、とりわけ主人公である雪健と、その相棒である元奴、そこに絡む女剣士といった人々の造形が、なんだか割を食ってしまった…… と言うか、エモーショナルな部分で訴えかける部分が弱いかな、と言う気がしてしまったのです。
どうしてそうなるのか? と言うか、なぜそこにこだわっていたのか? と言うところが、割り切れない…… 行間を読んで自分で補完するべきところなのでしょうけども、どうなのだろうかな、とも思う…… ところがややある。そして、そこまでこだわっていたはずのものが、するっと抜けてしまったりもする。あんまり詳しく言うと、筋立てをばらしてしまうことになるのですが。
武侠と言うと古龍しか読んだ事がなくて、金庸作品を読んだ事がないせいでそう思うのかも知れませんけども。なんていうか、武侠小説を読む時に感じる、登場人物達が多かれ少なかれ持っている片意地みたいなものが、どうにも薄い気がしてしまってならなかったのです。
敵役ゆえに持つ圧倒的な実力を持つ華風先生が、そのかわりに抜群に魅力を感じてしまうのは仕方のないところにしても。その片意地、エモーショナルなところを、敵役であるはずの敵たちが豊富に持っているのに、主人公サイドに、どうにも、そうしなくてはならない、と言う理由が弱い…… と思ってしまった次第です。
元々はもっと踏み込んでたけど、事情で直してるうちにこうなっちゃった、とかなのかなー。とかとも思いつつ。
でもこの方向性はすごい大好きですし、思わせぶりな展開になっていますので。続刊がもしあるとしたら、楽しみにしたいです。うむ。
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コメント
レビューどうもです!主役ががっつり食われるのは金庸先生でもよくありますね。特にじいさんが出てきたら、必ず超が付くほどの変人且つ武芸の達人で、引っ掻き回すだけ引っ掻き回す。まぁ終盤で主人公パワーアップってのも定番ではありますが。
和製武侠推進したいですね。その一環で購入してみます。
投稿: じゅんた | 2011.04.14 23:34
コメントありがとうございます! つまり終盤で主人公がじいさんになるわけですね(どんだけ終盤だ)。
作中、僕の一番のお気に入りは華風先生、二番目は張俊凱でありますよ。華風先生はじいさんじゃありませんが超変な人なので期待して頂いてよいんじゃないかと思います(笑)。
略して倭侠、増えてほしいですねー。ということでぜひ。
投稿: sn@散財 | 2011.04.16 00:17