帰納と演繹、心理の絵巻:黄昏乙女アムネジア(☆☆☆)
舞台は長い歴史と増改築を繰り返すうち、迷宮的に肥大化した超巨大学校・誠教学園。渡り廊下、階段、そして使われなくなった校舎。誰も知らない過去と闇とが、誰にも知られないまま隣にある、沢山の人の暮らす遺跡。
入学間もない中等部一年生・新谷貞一は、そんな旧校舎の一つで道に迷っていた。彼の脳裏にちらつくのは、どこにでもあるはずの怪談のひとつ、旧校舎の七不思議。
古い大きな鏡の前で、振り返ってはいけない--。その古い大きな鏡の前で、貞一は出会ってしまう。長い黒髪の少女の幽霊、「旧校舎の夕子さん」と。
死の記憶を思いだそうとせず、学院に密かな怪異を振りまきながら、気ままで自由な傍観者として振る舞う夕子さん。一方で彼女と彼女の謎に心を引かれ、貞一は夕子さんの謎を調べ始める。
非公認部活「怪異調査部」で夕子さんの謎を追う二人と仲間達。その傍ら、怪異調査部に持ち込まれる、小さな、しかし不可思議な学園の怪異たち。
学園唯一の「本物の幽霊」に、その仲間達によって解き明かされる怪異の正体。そこで明らかになるのはなんなのか。そして、それらはどういう結末を迎えて行くべきなのか。夕子さんの謎と人の心の迷いの物語は、ようやく折返しを迎えたばかり。
というわけで、幽霊の少女と現代の少年のラブストーリー、と言うと、わりとかなりの部分を語り明かしてしまっているのと。夕子さんと貞一君と言う主人公ふたりのキャラ造詣だけでも十二分に面白いのですが、この作品の、そ
れぞれの筋立ての面白さは、ちょっとひねったミステリに通じるものがあって、それぞれが非常に面白いのです。
まず重要なのはフェアであること。主人公の夕子さんは幽霊ですが、だからといってなんでもできると言うわけではありません。幽霊として可能なことと不可能なことは、物語のかなり早い段階で明確に提示してあり、そこから逸脱することはありません。物を運んだり、着換えたり、と言う事は割と出来ますが(そして目撃された結果、「夕子さんの怪談」が激増する結果になるのですが)、人に直接目撃されたり、語りかけたり、と言う事は出来ません。そして、学園に存在する幽霊は「夕子さん」だけ。
つまり、他の怪異現象には、なにかしらの理に適った原因があり、そこには生徒達の、あるいは先生や学校の過去すらも巻き込んだ、怪異に至る様々な経緯としがらみが明らかになるのです。
そして面白いのは、真相が明らかになった、そのあとの展開です。罪は罪、罰は罰で割り切る事のできない、明らかになればさらに多くの人を傷つけるような真相。それらを歪みを解き明かすための切り札が、たったひとりの本当の幽霊、「旧校舎の夕子さん」と言うギミックとなるのです。
そんなわけで。主人公ふたりを愛でるラブコメものでもありながら、心霊ものの枠を使って人間心理に踏み込んだ学園ミステリとしても楽しめるこのシリーズ。既刊の5巻目で物語は折返しと言う事ですが、これからも非常に楽しみなシリーズでありますー。
……ちなみに単行本時の書き下ろしと思しき、話と話の間の書き足しのコマがすごい絶妙で、不意に吹くのでびっくりします。おまけの学園新聞も実にてきとうですてきなので。
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