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2011.09.22

イスタンブールの群狼(☆☆☆)

 イスタンブールの群狼、読了しました。オスマン・トルコ帝国時代のイスタンブールを舞台にした歴史ミステリであります。

 時は1836年、って言ってもなかなかぴんと来ませんが、ナポレオンが死んでから15年後、とあります。日本では天保の大飢饉の最中、ヴィクトリア女王即位の前年。林則徐のアヘン根絶にイギリスが激怒し、アヘン戦争が始まるのはもう少し先の事。東の帝国・清が茶葉とアヘンの貿易で蝕まれつつあったように、西のオスマン帝国も持病のような内憂外患に苦しめられつつ、残光と繁栄を誇っていました。
 さて、古今を問わず、王と言うものにとって最大の敵は、もっとも力を、軍事力を持った味方です。中国の王朝は節度使のような軍閥に滅ぼされ、ローマ帝国はゲルマン人の傭兵隊長達になすがままにされていました。
 王を廃立するほどの力を持った驕兵の集団。オスマン・トルコにおけるそれは、最精鋭の誉れ高いスルタン直属の歩兵軍団、イェニチェリ軍団でした。
 強い者は特権を与えられますが、特権を持った者はそれを守ろうとします。イェニチェリもまた長い歴史のうちに変質し、ついにはスルタンを廃立するほどの力を得るに至りました。イェニチェリの反乱で叔父を殺害されたメフメート二世は、自らの手勢である西洋式の砲兵部隊・近衛新軍を創設。その火力で以て、イェニチェリを街もろとも一気に殲滅・潰走させ、ついにイェニチェリ軍団の名は歴史に残るのみとなりました。

 そんな「イスタンブールの慶事」から十年。
 宦官ヤシムは頭脳明晰で知られた人物で、その体ゆえに後宮に自由に出入りし、メフメート二世やその母である母后にも覚えのめでたい傑物。とはいえ豪傑肌ではなく、読書と料理、とりわけ友人に手料理を振る舞うのを好む、そんな人物でもあります。
 そんなヤシムのもとに持ち込まれた二つの事件。近衛新軍の指揮官から命ぜられたのは、軍規に反し、外出したまま行方不明となった、新軍の士官4名の捜索でした。とはいえ、すでに一人は見つかっていました-- 死体となって。大きな鍋に入れられた姿で。
 そして母后に命ぜられた調査は、後宮でスルタンの寝所へと侍るその寸前、女官が何者かに絞め殺されたと言う事件。
 友人であるポーランド大使をはじめ、個性豊かな街の人々…… 母后その人からモスクの導師、伝統にこだわるスープ組合の親方、博覧強記の文書係の宦官にコサック舞踊の踊り手まで…… の協力を仰ぎながら、ふたつの事件に否応無しに関わっていくヤシム。調査が進む中明らかになっていくのは、壊滅したはずのイェニチェリ軍団の、不気味な蠢動でした。

 事件解決までに切られた期限は十日。千年の迷宮たるイスタンブールの人々と街の中からヤシムが探り当てるのは、果たしていかなる真相なのでありましょうや……。

 と言うわけで、イスタンブール、それも帝政時代のイスタンブールを魅力的に描き、そこで起きる事件や暮らす人々、さまざまな階級とさまざまな伝統、そしてそれに対する色々な考え方。そんな複雑に作りすぎた機械のような大都市の情景を、ヤシムと言う観察者を…… 彼自身、様々なものを諦める代わりに観察者となった男を…… 通して見晴らしていく。難解で理解しにくいところもありますが、その難解なところがまた想像力をかきたてて面白い(きっと実物見たらまるで違う)、と言う、そんなお話でありました。たとえば英語で幕末の江戸を舞台にしたミステリなんかを描いたら、こんなふうになるんでしょうね。

 文末にある訳者・和爾さんの説明も非常に軽妙ですてきな(どこかで見たことがあると思ったらディー判事シリーズの訳者さんでした)一冊でした。続編「~毒蛇」はさらに魅力的な一冊とのことで、先日の双子とともに、探して読んでみたいですね。

 ……それにしても、古本屋にぶらりと入って、面白そうだと思って買った本3冊のうち、2冊が宦官が主人公って。それって一体どうなの、と思わなくもないです。なんというか、偶然ってアレですなあ……。

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