理想さえ殺されるとしてもなお:ウィンターソルジャー&デス・オブ・ドリーム(☆☆☆☆)
兵士にして求道者、そしてヒーロー、スティーブ・ロジャース・キャプテン・アメリカ。絶対に壊れないシールドと、誰よりも悩み苦しむ善良な心を武器に。星条旗を身に纏い、現実から目を逸らすことなく、理想を捜し続ける男。
その時、彼の環境は安定しているはずだった。新たなヒーローチーム・ニューアベンジャーズが結成され、旧友ニック・フューリー率いる影のアメリカ軍、安全保障組織S.H.I.E.L.Dとの協力体制を築き、エージェント13号こと恋人シャロンとの関係も悪くはなかった。しかし不安はすでに兆していた。レッドスカル、はるか戦中から戦い続けてきたナチの残党の宿敵が、脱獄してアメリカのどこかで陰謀を練っている、と言う知らせが入ったのだ。
そのレッドスカルは虎視眈々と時を待っていた。国際企業クロナスを隠れ蓑に、旧ソ連残党の一派を率いるルーキン将軍と取り引きを行い。世界法則すら変える力を持つコズミックキューブを武器に。陰謀を練り上げ、部下を配し、キャプテンを苦悩の果てに破滅させる計画を始める瞬間を、今か今かと。
だが、計画は始まらなかった。レッドスカルは死んだのだ。胴体に大穴が空くほど撃ち殺されて。
意外な宿敵の死に困惑しつつ、レッドスカルの残した陰謀を追うキャプテン。首領を失い混乱するレッドスカルの一党。最大の疑問の答えを誰も知らなかった。レッドスカルの手にあったはずのコズミックキューブは、どこに消えたのか?
時を同じくして、スティーブの後任だった戦士達、歴代のキャプテン・アメリカの墓が何者かに荒らされる事件が起き、さらにかつての相棒も何者かに襲われてしまう。キャプテンの過去を襲う敵、その真実を知りながら、言葉を濁すフューリー。
キャプテンが追い求める敵。戦おうとしている敵。それはかつて西側社会を恐怖に陥れた、謎の暗殺者ウィンターソルジャー。その正体は、決して癒される事のない、キャプテンの心の古傷。戦争中、海に消えたはずの相棒、かつて少年だったバッキー・バーンズその人だと言うのだ。
……ウィンターソルジャーとキャプテンアメリカとの対峙から、やや時は流れ。世界もアメリカも激変を果たしていた。
"シビル・ウォー"、政府にその正体を登録すべきか否か。登録法の是非を巡る反対派と賛成派、キャプテン・アメリカの一派とアイアンマンの徒党の対決は、ついに市街を巻き込む大乱戦へと発展してしまう。
ヒーローであるはずの自分達が、ほかならぬ守るべき街と人々を焼いている。自分達のしてきたことに愕然としたキャプテンは。スティーブ・ロジャースは、投降することで戦いを止める事を決意する。首魁の投降により、シビル・ウォーは幕を閉じた。
失脚したニック・フューリーに代わり、アイアンマン=トニー・スタークがSHIELDの長官となる。登録法に従ったヒーロー達と共に、アメリカ社会とヒーローのあり方を大改造しようとしていた頃。ひっそりと、と言うにはあまりにも大きな人々を巻き込みながら。今やただのスティーブに戻ったキャプテンアメリカの初公判が行われようとしていた。
賛否両論の声を上げる大群衆の中、手錠をかけられ、殉教者の如く護送されるスティーブ。企てを持つ者も、持たない者も。数知れないカメラが見守る中で。銃弾がスティーブを撃ち抜いた。
キャプテン・アメリカが暗殺されたのだ。
突然のキャプテンの死から「デス・オブ・ドリーム」は始まる。今だ二派に分断されたまま、それぞれにスティーブの死を悼むヒーロー達、そしてアメリカの人々。これは死んだはずのレッドスカルの陰謀なのか? 多くの人々が、それぞれの意図で動き出す。
地下に潜ったままに策略を巡らすフューリー。目の前で恋人を喪ったシャロン。旧友の死と、SHIELDの組織を食い荒らす何者かの気配に戦慄するアイアンマン=トニーと、そのエージェントたるブラックウィドウ。
そして新旧のキャプテンの相棒が、失った友のために奔走する。戦後の相棒であるファルコン、そして戦中の相棒であるバッキー。なにが実でなにが虚なのかもわからぬまま、惑わされ敵対を余儀なくされる彼らの裏で。レッドスカルの一派も暗躍する。キャプテンを銃殺したクロスボーンズ、レッドスカルの娘シンとその部下達。彼らと協力する、かつてのキャプテンの宿敵達。
敵も味方も、それぞれにキャプテンの縁者達が結集し、キャプテン亡きキャプテン・アメリカの物語は続く。スティーブが死んだ今、キャプテン・アメリカも死ぬべきなのか? 無敵の盾は理想とともに葬られるべきなのか。それとも、いっそ。
……というところで、前半となる「デス・オブ・ドリーム」は終了。来月出版される「バーデン・オブ・ドリーム」に続く、と言う塩梅です。
いくらコミックブックのヒーローとはいえ、その死がニュースになるほどの存在であることを示したキャプテン・アメリカ(後書きにはそのあたりの顛末も載っています)。それがシビルウォーと言う、まさに「分断されたアメリカ」を直球でヒーローものに放り込んだ、導火線に火をつけて放り込んだ後のことだけに、このショックたるや相当なものがあったでしょう。
1年以上かかって伏線を張り、その上に乗ってドラマを繰り広げる脚本の妙。この二冊はぜひ続けて読んで、唸って頂きたいと思います。
ちなみに「デス・オブ・ドリーム」のおまけの小冊子(解説が書いてある冊子で、アメコミ邦訳にはおなじみのおまけなのです)には、「ウィンターソルジャー復活の物語については、小学館プロダクションの"ウィンターソルジャー"を参照されたい」と言う一文がありました。些細な一文ながら、これもまた非常に胸が熱くなった事をあわせて記しておきます。こういうのも、つまり、クロスオーバーですよね。
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