琅邪の鬼:人中人外、潜むは鬼か企みか。古代中国探偵史劇(☆☆☆)
ところは中国、時は古。百家騒鳴の戦国も末。秦楚斉燕魏趙韓、七雄と称された強国のうち、秦は圧倒的な力で残る六国を次々に滅ぼし、ついに中国は一つの国家- 秦の名の下に統一されることとなりました。秦王政、後の世に言う始皇帝の時代の出来事。
天下を悉く討ち果たした秦王は、欲心留まることなく、不老長生と神仙の世界を追い求めるようになります。琅邪-- 東海に神仙の住む島が見えると言う、海辺の町-- を巡察した秦王は、その島と仙薬の秘密を求め、仙人ともおぼしき、ひとりの老人と出会う事になります。
その人物こそ、かの徐福-- 秦王に仙薬を約束して神仙島へと向かう船を築き、自らその船に乗って東海へ乗り出して、ついには日本に辿り着いた、とも言われている人物です。
徐福と弟子達は秦王と交渉し、作り出すなり船で持ってくるなりして、仙薬を献上する事を約束します。その代償に彼らが得たのは、琅邪の町の十二年の免税、流民の移住の許可。言うまでもなく造船所の建造、そして彼ら、徐福一門のホームグラウンドとなる研究所-- 徐福塾の建築でした。
免税と移住の特権、さらには筆頭弟子・残虎ら、徐福門下の巫医達による治療の評判から、急速に人口が膨れ上がっていく琅邪。
歴史の曲がり角と言うべき時代。町と社会、世界の急激な変化に戸惑いながらも、治安維持を担当する役人、求盗の希仁は、今日も故郷の治安を守るべく奮闘する。
だが、その腕利きの彼ですら、全く糸口も掴めないような事件が次々と巻き起こる。町の大商人同士の対立。行方がわからなくなった家宝。病に伏せる兄妹、だがそれらはたちまちのうちに怪異としか言いようのない事態に発展していく。場所も原因もばらばらの、相次ぐ不可解な死、葬儀から走り去った死者。凄腕の夜盗の不可解な行動、捜査の過程で思いもかけず見つかる遺体。そしてやがては奇術の如き大消失まで。呪いか祟りか、これらはすべて鬼の仕業の為すものか?
この圧倒的なまでに不可解な事件に、頭を抱える希仁に助けを差し伸べるのは、さまざまな特技を持つ、徐福塾の方士達。巫医、と言う一見オカルティックな存在でありながら、その実(当時としても)驚くべき合理的な思考を持つ彼らが、それぞれの特技を組み合わせながらチームを組んで、不可解を通り越して奇絶としか言いようのない事件に取り組んでいく。それがこの作品の、ひいてはこのシリーズのフォーマットとなります。
探偵役として登場する巫医達は、まず師匠格の徐福。極端に口数が少なく風のように現れる、まさに神仙の如き人物。
そんな浮世離れしちゃった徐福を支えるのが、筆頭弟子であり徐福塾のまとめ役・残虎。虎でも気付かず食べ残す、とまで言われてしまうほど、真面目で地味で実直な人物だけれども、温厚で正直な人格と、医術と治療にかける情熱は、敵にも味方にも絶大に信頼される篤実家。
桃姫こと桃は、青い眼を持つ遊牧民の娘。陽気な性格と半端のない身軽さで様々な調査を引き受ける一方、夫・狂生との一心同体の剣術は壮絶にして無類。その狂生は徐福達の護衛役、貴公子然とした穏やかな容貌ながら、神速の二つ名を持つ凄腕の剣士です。
このほか、飄々たる知恵袋の地仙こと安期老人、房中術を探求し恋愛の心理学の大家でもある、絶世の美男子・佳人、人に聞こえぬものを聞く不思議な力を持つ幽見などなど。
ことほどかように魅力的な、そしてなかなかに完全とは言い難い登場人物達が。次々と起こる事件に、そしてなにより、この時代そのものが持つ、さまざまなものに、縛られ、翻弄されながら。それでも不可解な事件に取り組んでいく。こりゃあもうものすごく楽しいわけです。
一体、眼前で置きているこの事件、これは幻想なのか、それとも理詰めで解き明かすものなのか? 秦時代、という時代、なにが起きてもおかしくはない、遠い時代の出来事と言う雰囲気が、それらを一掃惑乱させてくれます。まして主人公が、あの徐福とその一門なのですから。
ともあれ。一読しておおおおお! おおおおお!? と思い、すぐさま再読にかかってしまって。ああそうか、ここがこうなってこうなのか! と、精密な構成に唸ってしまう、そんな緻密な一作。続刊あわせ、是非一読して頂ければ、と思う次第です。
群像探偵はちょっとPBM的でもありますよね。
残虎先生とか、気に入る人は多いと思うなあ。
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