御簾の向こうは全て敵:「王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件」(☆☆☆☆)
武則天-- 長い長い中国王朝史の中で、唯一の女帝。
時は唐の時代。高宗皇帝の皇后だった武則天は、御簾政治と夫の死の末、ついには自ら皇帝の位に就く事を宣言する。武則天の治世の下、民衆は平穏と繁栄を享受していたが、唐朝李氏に忠誠を誓い、なにより類例のない女帝の即位に、先代の重臣や皇族達は強い不満を抱えていた。
圧倒的な権力と頭脳を持つ武則天はそのすべてを圧倒していた。皇帝即位はすでに目前、都にはどこからも望めるような巨大な仏像…… 通天仏が、その完成を目前としていた。
すべてはなるべくして、天命は改まるはずだった。しかし謎の事件が都を襲う。それは、人が突然燃え上がり、灰と骨だけを残して燃え尽きてしまうと言う怪事件。それも燃え尽きて死んでいくのは、王朝に使える重臣達ばかり……。
ついに通天仏の責任者である工部の大臣までもが犠牲になると言う事態に、武則天と、彼女が心酔する怪行者・国師は、ひとつの決断を下す。それは獄に下された、あの男を-- 8年前に武則天に諫言し獄へと落とされた、民に名高い名判事、ディー・レンチエを呼び戻すこと。
かくてディー判事は、監視役である武則天の寵愛する女官チンアル、そして上官が謎の焼死を遂げた副官ペイと共に、この怪事件に取り組む事になる。
だが権謀渦巻く都と宮殿との矛盾と騒乱が彼等を襲う。誰が敵で誰が味方なのか? 誰が善であり誰が悪なのか? 暗殺者の毒矢が、権力者の懐柔が、ディーに襲い来る。チンアルとペイもまた、お互いへの、そしてディーへの不審を露わとする。
迫り来るタイムリミット、即位の式典の時。果たして名判事ディーは、この謎を解き明かす事ができるのか、そして、その謎を解く事は、果たして正しい事なのか……?
一週間しか公開しない、しかも公開時間も極めて短い、と言う悪条件ながらも。新宿で見てきました、「王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件」。
解説にもありましたが、これはツイ・ハーク監督のイマジネーションが爆発した、ディー判事ものを下敷きにしたオリエンタル・ファンタジーといったところ。比べるべき存在で言えば、それは「ヴィドック」であり、ガイ・リッチー版「シャーロック・ホームズ」でしょう。そのパリやロンドンの役割を担うのが、ファンタジックに過剰なまでに演出された、洛陽の都なわけです。
ちなみに補足しておくと、秋仁傑(ディー・レンチエ)は実在の歴史上の人物で、実際に武則天に使えて、しばしば厳しい諫言を行いながらも信任され、国老と呼ばれたほどの大政治家でした。彼と武則天が見いだした人材は、武則天なきあとも復活した唐王朝に仕え、やがて玄宗皇帝の治世、開元の治を築く源となります。
その一方で、彼には中華世界の名探偵、と言う側面があります。
若い頃に地方長官を歴任した頃の彼は、公平な名判事として様々な難事件を解決した、と言う伝承や小説などがさまざまに残っています。言うなれば、大岡越前や遠山の金さんのように、名判事の代名詞として、のちのちまで語られるようになったわけですね。
なかでも近代、オランダの外交官ファン・フーリックが書いた「ディー判事」シリーズは、ポケットミステリなどでも手に入る有名なシリーズ。四人の副官を率い活躍する判事の姿は、いまでも見る事ができます。
とはいえ、この作品は推理ドラマと言うよりも、純粋にエンターテイメント。アンディ・ラウ演じるディー判事は、自ら武器を取り刺客と戦いうる武術の達人であり、敵か味方か、道行きを共にする二人、チンアルは変幻自在の鞭の達人、そしてペイは薄刃の斧や照明弾などを駆使する戦闘のプロ。
そして彼等を襲う刺客が使う武器も、また尋常ではありません。刀に三連装の石弓に、投げ槍、丸太、そしてええええ、そんなものまで!? と思うものまで。忍者さながらの刺客との戦闘は軽功全開。サモ・ハンアクション監督の冴えが存分に見られる、特にチンアルとペイ、ディーの二人の仲間の動きの美しさは特に耳目が。
物語も厳密な理詰めの推理と言うよりも、言うなればハリー・ポッター的なファンタジックに踏み込んだ方向ではあるのですが、誰が敵で味方なのか、何を為す事が正しいのか? それぞれの信条のために噛み合わぬ三人の動向も含めて、非常に熱く突き動かされるドラマだと思います。
ヒットしたら、もっと広い劇場で公開して貰いたいなあ、と思うのですが、なかなか難しいでしょうかね……。
ともあれ、不敵で悠然たるディーと、女帝への忠誠に燃えるチンアル、そしてプライドの高いペイ、と言う三人のキャラクターは、それぞれに実に魅力的で。機会があれば、目にしてほしいなあ、と思う次第です。
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