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2012.05.19

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ:言語と映像の強みと弱み(☆☆☆)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

 映画版を見て難解さに根を上げ、よしそれならば原作だ、と原作版を手に取って。そして案の定、原作の難解さに根を上げておりました。冒険スパイ小説の名高い古典、聞いた事はあるけど読んだ事はなかった、ジョン・ル・カレの作品、「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」であります。

 もともと映画を最後まで見ていて、筋運びや結末は知っているのですけれど。それでもなお難解だな、と思うくらいで。ただ先に
 映画版も時間軸を前後に行き来する話でしたが、原作もその構成は同じ。ただし、この構成そのものがかなりいじっていて、見ていると相当な差異があります。映画ではコントロールが部下のジムを呼びだし、タイトルの「ティンカー、テイラー」の話をはじめるところから始まりますが、原作の冒頭は、片田舎の学校に、先生としてそのジムが赴任してくるところから始まる、と言うくらいに。

 読んでいての難しさは、人名の多さもあるのですが、たぶん用語の説明がいろいろと省略されているところにもあるのかな、とも思います。
 たとえばですけど、主人公スマイリーを助けるピーター・ギラムは、ブリクストンがどうこうと言う話題を時折出すのですが、これはどうも、彼の務めている実働部隊の本部がブリクストンにあって、地名だけじゃなくて部署名としても使われている、とか。霞ヶ関の役人といえば、何々省の公務員、みたいなのと同じようなものでしょう。そういう省略や言い換えの多さは、判りにくい半面、会話の部分がいかにもそれっぽくなっているな。と。
 そういうところが地の文じゃなくて映像である分、わかりやすくなっている。これは映画化のメリットですよね。もっとも、出て来る登場人物が結構似た顔立ちだったり服装だったりして、初登場の人がのそっといきなり出てきたりするので、肝心なシーンで「あれ? これ誰だっけ?」みたいなことになりがちなのは、逆にありますが(汗。

 皆さんも言ってますけど、プロットで一番違うのは、映画版にたびたび挿話として挟まる、「ある年のクリスマスパーティ」の話が原作にはまったく登場しないこと。そして代わりに、原作でたびたびスマイリーの独白や回想として挟まる、妻アンへの連想がほとんどなくなっていること。むしろ、どっちかと言うと、アンとのシーンにいろいろな要素を盛り込んで、クリスマスパーティのシーンに仕上げたのかも知れませんね。

 さすがにと言うかなんというか、映画ではあまりはっきりしていなかった疑惑の絞り込み方は、小説を読んでやっときっちり理解できた、と言う感じ。逆に、小説にはなくて映画で増えたり、大きく変わったシーン、例えば先程のクリスマスパーティのシーンみたいなものにも気付いたのですが、ちょっとこれはどういう意図での変更なんだろう、と首を傾げるところは多少ありました。かなり後半なので詳述は避けますが、たとえば飛行場のシーンとか、ギラムの自宅の話とか……。

 日本語的には決して読みやすいわけではありませんが(新訳と言うことで旧訳の方も手に入ったら試してみたいところ)、撃ち合いもカーチェイスもない、重量級の謀略小説であり、もの悲しい男のもの悲しい物語でもある。
 腰を据えて読めば報いのある、そういう種類の名作だと思います。ぜひぜひ。

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