はからいを捨てて空を見る。(☆☆☆)

こんなかんじかなー。
ある人にとっては月の影。ある人にとっては陽の光。
ある人にとっては、神を証明する美。自然の起こす奇跡。
ある人にとっては、過去の迷信を払った科学の摂理。
大きな影が光を遮る、理屈を知っていてさえなお美しい。
でも理屈を知ってしまっているからこそ、僕はこの異常に、太陽が欠けるというありうべからざるべき事態に、なんの不安も抱かず、空を見上げてただ美しいと思えるわけで。
過去において、革命の引き金にすらなりかねなかった天変は、今や種明かしをされても心奪われる、巨大な天然のショーとなる。いや、本当に種明かしはされているのだろうか。誰かが明かし、誰かが問うた説明を、なぜ心のどこかで鵜呑みにできるのか。
疑心は正常に疑心を抱き、しかしときに異常に疑心を抱かない。太陽が欠けるくらいだからなにか悪い事が起こる、その疑心は、物事を関連づけて把握しようとする人間の心の。この場合は結果的に間違ってはいるけれども、筋道の立った心働きなのかも知れない。
自然を敬う心とは、自然を恐れる心なのかも知れない。理屈を知り仕組みを知り恐れを乗り越えた時、敬う心もまた薄れるものなのかも知れない。
天体のショーを眺める沢山の人達のひとりとなって、そんなことを、ちょっと考えました。
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