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2012.09.17

鋼鉄の男、すべてを赤に- スーパーマン:レッド・サン(☆☆☆☆)

スーパーマン:レッド・サン (ShoPro Books)

 鳥だ! 飛行機だ! スーパーマンだ! そうです、スーパーマンです。川をせき止め鋼鉄を曲げる、別世界から来た驚異の男。
 彼は平凡な労働者の代表として、スターリン、社会主義、そしてワルシャワ条約を守るため、日夜戦い続けているのです!

 えッ?

 考えてみよう、全ては偶然でしかない。遠いクリプトン星から地球へと落ちてきたロケット、それがアメリカ合衆国のカンザス州に落下し、その中に驚異の男、スーパーマンが眠っていた。
 想像してみるといい、わずか半日遅れて、そのロケットが地球に落ちてきたら、一体何が起きていたかを。
 超人の赤ん坊を乗せたロケットは、ウクライナの集団農場へと落下していたら。そこで善良なソヴィエト国民の夫婦に拾われ、育てられていたら。
 やがて青年となった彼が、能力に目覚めて世に認められるようになり、スターリンその人の庇護のもと、社会主義の守護者として、アメリカと西側陣営の前に立ちはだかったとしたら?

 これは有り得てもおかしくはない、もう一つのスーパーマンの物語。
 鎌とハンマーを胸にあしらった鋼鉄の男が、「彼の世界」を救うために戦う物語--。

 というわけで、ようやくにして読みました、スーパーマン:レッドサン!
 社会主義者として生まれ、社会主義者として育ったスーパーマンが、本来の母国・アメリカを向こうに回して、大活躍(つまりアメリカ大ピンチ)を繰り広げると言う物語。
 いやもうほんと、よくこんなこと考えてこんなこと出版するなあ、と言う感じで、このへんはDCの出版社的の底力と懐のとんでもない広さを感じるわけですが。書いたライターは、イギリス人と云うかスコットランド人のマーク・ミラー。あの「キック・アス」の(「ウォンテッド」もですけど)作者です。だいたいがイギリス人のライターさんは、こういうねじくれた話と言うか底意地の悪い話を書くとまったく絶品で、すてきでしょうがないです。アラン・ムーアとか。

 スーパーマンと言えば、本邦でもいわゆる超人の代名詞。空を飛び怪力を誇り、目からビームを撃ったりと能力盛りすぎの男です。鋼鉄の男、無敵の男と代名詞に事欠かない彼ですが、半面、彼は我慢の男でもあります。
 スーパーマンは強い男であると同時に「強すぎる男」でもあり、その強すぎる力を、どう制御するのか。どう押さえながら目的を達するのか。どうやって、力を思うがままに振りかざす衝動と戦うのか-- 彼がつねに戦っている敵、「強いがゆえに思うがままに振る舞う異者」と一緒ではないのか。どう違うのか。善良であるがゆえに、それに苦悩し続ける男でもあります。

 逆にだからこそ、「とうとうブチ切れたスーパーマン」、我慢するのをとうとう止めたスーパーマンと言うアイデアは、あってはならない、危険なるがゆえに魅力的なものが多いのも事実。
 有名なところでは「キングダム・カム」。スーパーマンは若い超人達が好き放題で暴れているのを押さえつけるため、同世代の超人達を糾合して、秩序を強制するために思う存分力を振るう事になります。
 もっとダイレクトかつ目にしやすいのは、アニメ版「ジャスティスリーグ」より、「よりよき世界」の前後編でしょう。ここに描かれているのは、(やむをえない事情があったとはいえ)とうとうブチ切れてしまったスーパーマンです。
 恨み骨髄のレックス・ルーサーをブチ殺し、世界を制圧する圧制者となったスーパーマン。愚考を繰り返す人類を無敵の力で押さえつけ、そして仲間達、超人達からは圧倒的なカリスマとして慕われる彼は、まさに暴走した正義そのものであり、スーパーマンが本来妥当すべき悪との間の紙一重が、どれほど薄いかを感じさせてくれるものでもあります。

 魅力的なのは、本作レッドサンのスーパーマンは、このような「ブチ切れたスーパーマン」では、決してない、と言うところ。彼は社会主義に心酔しており、アメリカの愚考を憎む(というより哀れんでいる)逆転した男ではありますが。その心底は、まさにスーパーマンそのものの善良さを留めています。
 彼は世界から戦争と貧困を、犯罪と理不尽な死を無くすために奔走し、たとえ異なるイデオロギーの相手が危機に瀕していても(それが地球の反対側にいたとしても)その命を救うために努力を惜しもうとはしません。つまるところ、スーパーマンは、あくまでスーパーマンであり、いい奴なのです。
 まるでそれに対するように、レックス・ルーサーが配置されているのも面白いところ。スーパーマンを倒す為に(アメリカの国益を守るために!)暗躍するレックス・ルーサーは、その能力を余すところなく発揮し、スーパーマンを倒す事に全力を注ぎ、かつまた、彼ひとりの頭脳の存在は、おいおい、衰亡していくアメリカと言う国家を支えていく事になります。これだけ舞台が代わり、配役が変わっても、スーパーマンとルーサーと言う配置は変わらぬままに、ある種、勧善懲悪のままに機能しているのです。これがまた、なんとも言えないおかしみがある。

 バットマンやワンダーウーマンといった、言わばおなじみの面々が、実に意外な使われ方で出てきたりと(特にロシア版バットマンは出自も立ち位置も実に「こうなるだろうな」と言う感じ)、見所もまだまだ多いのですが。
 ヒーローものの枠を、思った以上にがっしりと守っていながら、ヒーローものの枠を掴んで揺さぶりながら、なにが善でなにが悪だったのか、その枠組みを煮崩しているような、タイトルを裏切らない不思議な味わいの作品。

 これは結構、アメコミ読みの人ではなくても楽しめるかも知れない。価格的にも。そんな風に思った一冊でした。
 異端から入るのもありだと思います、ご興味がありましたら是非。

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