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2012.10.24

実験最中王グラフ。(☆)

 googleドキュメントのいじりかたをあれこれと練習中。いろいろ作って公開してみたいドキュメントもあるので。
 それと関連したりしなかったりするんですが、考えているうちに、ふと魔が差したというかなんというか。

 棒グラフってありますよね。あれの王様版があったらちょっと興味深いですよね。と言うか。
 結論から言うと、つまり王グラフって言うことなんですが、まあ駄洒落だと言われればそれまでなんですが、ちょっと面白そうかなと思ったのです。

 たとえば王グラフっていうと、こんなかんじ。これは前漢の歴代皇帝に例をとってみました。

 前漢王朝歴代皇帝一覧

 秦の始皇帝の没後天下を争った項羽と劉邦、その劉邦のほう、つまり漢の高祖が一番上の段。新の王莽にあえなくも帝位を奪われた孺子嬰が最後の皇帝(正確には即位していない)となります。

 ちなみに補足すると、生没年はすべてwikipedia調べ、「誕生」は劉邦の生年(紀元前250年節)を紀元として、リニアに計算した漢の通年と言うかんじになっています。このへんはすごく改良の余地があるんですが、とりあえず。
 さてこのグラフ、薄い黄色はその皇帝の「即位する前」と「退位したあと」、つまり皇帝ではなかった頃。赤は皇帝として君臨していた年代の長さを示しています。ちなみに一部、即位前の年齢が0のものがありますが、これは生年が不詳なので、しかたなく0にしてあるものです。但し一番最後の孺子嬰だけは、いろいろとまた事情が違い、例外中の例外です。最後の皇帝ともなると、いろいろあるのです。

 ばっと見ると、皇帝の名前の羅列にしても、ずいぶん列に出入りがあることが判ります。
 高祖から恵帝のあとで、そうとうごたごたしたらしいこと。
 そのあと、ずいぶん生まれ年が遡って文帝が即位し、そのあとはどうやらしばらく順調に帝位の継承が続いたこと。そして、武帝の時代がものすごく長いこと。
 長い長い武帝の治世のあと、若干ごたごたし、そのあとは宣帝から安定した継承が続きますが、王朝末期になると、幼少のまま皇帝が擁立されるようになり、ついには滅亡に至ること。
 実際に、皇帝が頻繁に後退している時期には政治が混乱していた時期で、文帝即位の前には呂氏の専横と滅亡、武帝没後には権臣・霍光が力を振るいました。そして末期の混乱の果てに、先に述べたように王莽が権力を握り、ついには漢王朝が一旦滅ぶことになるわけです。

 歴史は好きなんですが、年齢とか年代とか、そういうもののつながりが、今一つ関連性として飲み込めなかったりして。そういうのをなんとかうまく納得できる仕組みはないかなあ、とか、そんなことを考えていて。それで、こういうものを拵えてみようかな、とか思った訳です。
 とりあえずこれは習作ということで、次はわかりやすいところで徳川将軍とかやってみようかな、と。時代劇とかの架空のヒーローが活躍してたっぽい年代とあわせてプロットすると、いろいろ面白いかなあ。などと思いつつ。

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