« Eインク端末は持っていないので。(☆☆☆) | トップページ | 本とカレーの万聖節、色々と運命がいたずらしやがりまして。(☆☆) »

2012.10.26

スーパーマンは終身雇用の夢を見ない。(☆☆☆)

 ちょっと前に珍しくもニュースを賑やかした、御存知スーパーマンさんの近況。
 なんで日本のニュースで取り上げられたんだろ? と思ったんですが、向こうのニュースで取り上げられたのが、さすがに大きいのかも知れませんね。
 僕もさすがに原書を読んでいるわけじゃないので、直接本編は見ていないんですけども(なにせほんとに最近のことですし)、CNNのニュースはこちら
 あと、いつまで見られるか判りませんけど、この件に触れた朝日新聞の天声人語はこちら

 言いたい事とか突っ込みたいところとかは若干以上にありますが、それやってると本題からそれてくので放置するとして。そことはべつに、ひとつ、非常に気になったくだりがありました。
 『「勤続70年」の転職である』と言う一節。この一文に、この件が妙に日本でニュースになったことから感じた、座りの悪さの端っこがあるような気がしたのです。

 まあ、ニュースとしてキャッチーなのは判ります。スーパーマンといえば、コミックファンならずとも、誰でも御存知の筋、世界一有名なキャラクターのひとりです。そして、そのスーパーマンが「新聞記者を辞めた」と言う事実は、新聞の権威の凋落として語るのに、非常に脅威的な寓意なのだろう、と思います。フィクションだからこそ、及ぼすことのできる影響力、と言うべきでしょうか。だからこそ、「クラーク・ケント辞職」は、言わばニュース速報として…… 当の新聞に…… 取り上げられるだけのインパクトを持っていた、と言えます。

 アメリカ本国的に解釈すれば、それは「ネクタイを締めているスーパーマン」が、新聞記者をしている、と言う設定に、無理が出てきた、あるいは現代的なリアリティを失ってしまった、と言う事なのでしょう。
 社会をよりよく改善し、導くべき市民、スーパーマンの仮の姿に相応しい役割は、昔ながらの、そして昔そのままではない新聞記者ではない。同じくジャーナリズムに関わる立場であったとしても、もっと別の立ち位置、少なくとも従来の新聞記者とは違う立ち位置でなくてはならない、そうでなくては、スーパーマンに相応しくない、と、ライター陣が判断した、と言う事なんだろう、と思います。つまるところ、「情報は娯楽に置き換えられた」と言う一節が耳に痛かったからこそニュースになったのであって、そこがもっとも重視されなくてはならないところではないかな、と思います。
 スーパーマンが再びデイリープラネットに復職する日がないとは言いませんし、その日はそれほど遠くはないかも知れません。とはいえ、一度フリーを経験し、違う立ち位置からものを見たクラークの視線は、いままでとは違うものになるでしょう。それでいいのだと思います。

 まあそれはそれでいいとして、本題です。なぜ日本で、スーパーマンの辞職が話題になったのか? 上記のような文脈で取り上げられて、それをなんだか座りが悪いと受け取ったのか。
 いろいろ考えをひねくりましたが、ヒントになったのは、上記の「勤続70年」と言う文句です。この、ほんのわずかなところに。アメコミで一般敵な世界感…… あるいは物語感と、日本の、すべてとは言いませんが、一部、一時代の物語の、物語感の違いが、しゅっと出てきたのではないか、と言う気がしたのです。
 たぶん、これを書いた記者の人は、コラム書いてるくらいなので、ベテランの人なのでしょう。スーパーマンに詳しくないんだろうなあ、って気はします(まあスーパーマンに詳しすぎる人は、普通にレアポップなので気にしてもしょうがないのですが)。
 多分ですが、このコラムを書いた人のイメージの中では。スーパーマンは、例えば寅さんやサザエさんのように、静的な設定を持つ存在、「新聞記者」と言う属性を初めから持って生まれ、それをずっと保持している存在。水戸黄門やドラえもんのように、コンティニュアルに、同じ設定下で同じ物語を繰り返す存在である、と言う意識が、ものすごく当然の前提としてあるんじゃないでしょうか。だからこそ、あってはならない、とまでは言いませんが、強烈なありえなさを感じさせる出来事として、「スーパーマンの辞職」を受け取ったんじゃないか。それは、多かれ少なかれ、日本の新聞メディアでこの件を取り上げた人達に、共通した認識なんじゃないか、と思うのです。

 もちろん、日本の創作すべてが静的かつリピータブルなわけではなく、むしろ正反対のものもその中に存在します。仮面ライダーやガンダムを例えに引くまでもなく、過剰なまでの足し算、加級数的に設定や物語が増えていくストーリーもまた重要な側面を占めていますし、いわゆるマニアはそういった知識の蓄積の深さを、神への愛を競うかのように積み重ねていきます。
 それはそれで一つの側面なのですが、また別の一面には、伝統と「お約束」を保持する事への、驚くほどの頑固さ、一つの神話を「語り直し続ける」ことへの執念。現状を是とし、繰り返しを是とし、変化しないことをまた是とする、そんな志向と傾向とがあると思うのです。

 アメコミに関して、アメコミ好きではない人がどういうイメージを持っているのか、自分の中ではよくわからないところはありますが。少なくとも、アメコミは同じ設定での繰り返しを是とするものではありません(映画化されるたびにオリジンの語り直しが繰り返されるのは、もうなんか、そろそろいいじゃん、って言う気は正直します)。

 例を出すなら、X-MENは登場したとき高校生でしたし、スパイダーマンも初登場時はそうでした。しかし、彼らには時の流れが積み重なりました。その時間の流れは現実に比して、いかにもゆっくりではありますが。無邪気な仲良し5人組だったX-MENは、戦士になり、教師になり、夫婦にもなり。ついには種族の指導者にまでなり、あるいははかなくも亡き人となりました。スパイダーマンも、進学、就職、結婚、子供の誕生から、思いもかけない、とんでもない事態まで、多くの人生を積み重ね、その出来事は、歴史となって積み重なり(ときどき死んだり生き返ったり過去に戻ったり設定がリセットされたりしながら)。多くの歴史を積み重ねた上に、彼らの今の姿と言動はある。
 そこがアメコミの最大のとっつきの悪いところであり、最大の魅力でもあり、そして日本でもっとも理解されていないところじゃないか、と思うのです。
 ちなみに、上記の勤続70年の件。CNNのニュースのほうでは、なんだか判ったような判らないような書き方をされていますが、この書き方は実は割合合っています。
 と言うのも、スーパーマンのストーリーそのものはずっと、現実時間で数十年以上続いているのですが。つい最近起きた大事件(日本でも「フラッシュポイント」として邦訳済み)のせいで、歴史が過去に遡って色々変わってしまったのです。
 そのせいで、ヒーロー達のデビューが「つい最近」と言う風にずれ込んだ、と言うように歴史が変わり。結果、いまの時点でクラーク・ケントは「新聞記者になって5年目」と言う事になってしまったわけです。

 ……ちなみに、ニュースで記事にもなっていませんが、ロイス・レーンと結婚していたスーパーマンは、歴史が変わった影響のせいで、結婚したことそのものが「なかったこと」になってしまいました。
 それを言ったらそもそも、スーパーマンってドゥームズデイに殺されて、レッドとブルーになったり後継者が4人くらい出てこなかったっけ? って話なんですけど、まあ、その、つまりですね。いろいろあったんです。いろいろ。

 さて。でも、なぜ、と言う疑問はあります。なぜ日本では、リピータブルな、変化を嫌うヒーロー像が一定数存在するのか。それが「勤続70年」と言う単語に、どう結びつくのか。荒く考えても、その意識の根底には、終身雇用制、って言うシステムがあったんじゃないかな、って言う気はします。変化しない存在、繰り返されるモータル、そして現状維持を肯定し、それを問い直さない、と言う前提。
 「勤続70年」。同じ職場に70年勤め続け、しかもそれが善であり、さらにこれからも続けるべきだ、と見なしている。そしてそこに、どうやら何の疑念も抱いていない、と言う思考法。いい悪いではなく、アメリカ的な考え方ではないでしょう、と言う気はしますし、その点から、スーパーマンの辞職に疑問を抱く人は、いないとは言いませんが、それほど多くないんじゃないのでしょう。己の望むところと、職場の志向するところが違えば、どれほど長く務めた場所であろうと、辞職するのは困惑するような事柄ではない、と言う了解はあると思うのです。

 当然といえば、あまりにも当然ながら、フィクションの物語論は、もちろん国によって違う。
 それは、こんなところにまで来ていて、意外に問い直されない。その国にとっては当然すぎる概念として、捉えられてしまっているんじゃないかな、と思うのです。
 這いずるように苦しみながら、絶えず前進を(少なくとも変化を)続けて来たヒーロー達。その筆頭たるクラーク・ケントが選んだこの選択を、日米問わず。僕らも、また新聞に関わる人達も、受け取るべきなのだろうなと。またそこから読み取れる事は、思った以上にあるのではないかな。と思った次第でした。

 僕らの国には歴史と伝統がある。でもそれはメリットにすべきことで、デメリットにすべきではない。
 「伝統」をはじめにやった人は、それがずっと墨守されることなんて、望んでなんかいなかったはずなんだと。
 そんなことを思った、クラーク転機のお話でありました。

 ……でもまあ実際のところ、これがそんなに話題になるのなら、もっとレッドサンとかも取り上げられていいはずだ、と思うんですけどね僻目としては。だって社会主義者ですよ。スーパーマンが。すごいと思いませんか。

|

« Eインク端末は持っていないので。(☆☆☆) | トップページ | 本とカレーの万聖節、色々と運命がいたずらしやがりまして。(☆☆) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11580/55978095

この記事へのトラックバック一覧です: スーパーマンは終身雇用の夢を見ない。(☆☆☆):

« Eインク端末は持っていないので。(☆☆☆) | トップページ | 本とカレーの万聖節、色々と運命がいたずらしやがりまして。(☆☆) »