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2012.12.24

ジャック・イン・ザ・ケーキボックス(☆)

 それほど寒い冬じゃなかった気がする。少なくとも、雪が降っていなかった事は確か。
 墓地の中を突っ切る近道を行く度胸のなかった僕は、その夜、遠回りをしてケーキ工場に急いでいた。

 臨時、それも深夜のバイト。正直割が良かった。
 不満といえば、工場のできたてパンが食べ放題と言うふれこみが、実際には社員食堂での定食だったって言う事くらいで、いまにして思えばそれも僕の思い込みで、要するに勘違いだったのかも知れない。
 そんなふうに記憶は曖昧で、集まったのは20人だったか、30人だったか。体力はともかく夜更かしには自身のある暇と体を持て余した学生ばかり、社員さんがにこやかに僕らの指導に当たっていた。

 工場の中の小さい部屋に、帽子と手袋をつけた僕らはぞろぞろとついていった。その部屋も工場の一部で、真ん中には大きなベルトコンベアが鎮座していた。部屋の中は甘い匂いで満ちていて、部屋の橋には箱が綺麗に詰まれていて。綺麗に詰まれた箱の中には、甘い匂いがする赤い小さい可愛いものが、綺麗に詰め込まれて並んでいた。
 それはイチゴだった。
 それから6時間、いや8時間か、僕達はずっと、イチゴを睨んでいた。それが、僕達の仕事だった。

 クリスマスケーキ用に使うイチゴを視認で確認し、ケーキに使えないような傷んだイチゴが混じっていないか調べ、選別する。それが、僕達の仕事だった。クリスマスケーキをこしらえる繁忙期、わずかな時間を突いて、一気に短時間に仕上げなければならない仕事だった。
 どんな話をしたのか、どんな連中がいたのか、よく覚えていない。ただ、僕達は甘い匂いの中に脳髄まで浸かっていて、コンベアには次々と、ゆっくりと、赤い小さな、可愛い甘い匂いのするものが転がっていった。僕達はイチゴを睨み、軽口を叩き、イチゴを睨み、ちょっと気の効いた事を言おうとして、イチゴを睨み、眠気を覚まして、イチゴを睨み、イチゴを睨み、イチゴを睨み、そしてイチゴを睨んだ。
 いつのまにか言葉が無くなっていた気がする。それも気のせいか、記憶の書き換えのたぐいなのかも知れない。ただ、その夜。はっきり覚えていることはふたつだけ。

 むせかえるようなイチゴの甘い匂い。
 そして、『ああ、チャップリンの映画で、こういうシーンあった気がする。見た事ないけど』と言う、わかったようなわからないような、判った気には少なくともなっている、そんな感慨。

 曙光も遠い深夜、僕達は、ただ言葉もなくイチゴを睨んでいた。
 お目付の社員さんと、二十数名のバイトと、部屋の中のベルトコンベアは、イチゴを監視する、ただそれだけの目的を持った、一つの機械となっていた。
 このイチゴ達はいずれ、たくさんのケーキのそれぞれの上にちょこんと乗るのだろう。そのケーキはいずれ、四方八方へと配送の手から手へと渡り、日本の、少なくとも関東のあちこちへ散らばっていくのだろう。そのケーキ達はいずれ、あちこちの店で、サンタの恰好をした店員さんや女の子達が、売り切ろうと声を張り上げている脇に、出番を待ってそっと控えているのだろう。
 そしていずれ、会った事もない僕達が、一夜一箇の機械となって睨んでいた、僕の目の前を通っていったイチゴ達は、お父さんやお母さんや、とにかく誰かに買われていって。暗闇の中でしばし過ごした後、わくわくする視線と明るい光に、きっとさらされるのだろう。
 クリスマスの笑顔に、わずかながらも貢献する事になる機械となっていた僕達は、少なくとも僕は、そんなことを考えている余裕はそのときはなにもなくて。ただ、早く終わって欲しいとさえ思わずに。ただただ、イチゴを睨んでいた。変なイチゴが混じっていないかと、機械のように睨んでいた。

 夜が明けて、僕と僕達は、イチゴと機械と工場から自由になった。懐にはもうバイト代が収まっていた。
 社員さんは機嫌がよくて、また餅のシーズンにはよろしく、と僕達を送り出して。僕達はおどけて、もういいです勘弁して下さい、と返したものだった。

 その日の思い出は鮮烈で、その年はなにしろ、イチゴの匂いを嗅ぐだけで気分が悪くなるほどで。
 街がイチゴの匂いで満ちた夜を僕は。もう勘弁してほしい、と、苦しみのうちに過ごしたのだった。

 これが、いままでで一番印象的な、クリスマスの思い出と言えるでしょう。
 ケーキのイチゴひとつをとっても、来し方行く末がある。そんなことを感性に叩き込まれた、若い頃の思い出でした。

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