秦王死すべし・邯鄲の誓(☆☆☆)
時は古代の終わり、大統一成し遂げられ、歴史に新たな時代が始まる前夜--。
天下を分ける戦国七雄のひとつ韓、その宰相の家で男の子が産声を上げる。張家の次男・張順。しかし土地としても時としても、彼の人生は逆風の中で始まった。七雄最強の秦は天下すべてを併呑すべく、残る六国全てに戦いを挑んだのだ。
幼くして家族を、故郷を、それどころか故国全てを失う張順。しかし仇と憎む秦王は日々その力を増し、次は趙か、あるいは楚か、残る列国へと、軍勢と野心とを解き放つ。
ただひとり異国で懸命に生きる張順が出会う、剣士にして快男児。兄のように慕うその男こそ、名を荊軻。そう、あの荊軻である。
一方その頃、中原のはるか北の草原地帯には。秦と争ういま一つの勢力、遊牧の民、匈奴がいた。桃と言う名の野生の少女が、己の辿る人生を知ることなく、馬を巡らせて日々を過ごしていた。
荊軻。そして張順。桃。彼らが挑み巻き込まれるのは、万に一つの望みもない必殺必死の決死行。
世界最強の権力を持つ男、地上最強の武力を率いる男。やがて世界最初の皇帝となり、その名を歴史に永遠に刻むその男を敵に、三人はいかに戦い、いかに生きたのか。
とまあそんなわけで。「琅邪の鬼」からはじまる一連のシリーズで、始皇帝時代と言う珍しい時代背景と、大仕掛けギミック感たっぷりの豪腕系謎解きで毎度いろいろうならせてくれる、丸山天寿先生の最新作です。
一年ぶりの新作は、なんとびっくり、というか、いやびっくりじゃなくて普通にまっとう、と言うか。ミステリではなく、大河的な歴史物語が登場です。
とはいえ、時代はこれまでのシリーズと同じく、始皇帝時代。ただミステリのシリーズが始皇帝の全土統一後から始まっているのに対し、ここで描かれるのは、もうすこし前の時代。まさに秦王、のちの始皇帝が、秦軍に命じて次々と六国を滅ぼしていく、その征服戦争の途上になります。
そして、この作品の主人公のひとりの名を見て判る通り。この作品の非常に重要なウェイトを、始皇帝にまつわるあの有名な事件が占めることになるのですが……。
そこに、いまふたりの主人公。韓の貴族の出でありながら、幼い頃に故国を失い流浪の身となった張順と、数奇なめぐりあわせで、はるか北の地に住んでいたはずが、二人と関わり合いとなった桃とが、どう絡んでいくのか、と言うところ。
この作品で繰り返し現れ、非常に印象的のは、圧倒的な、どうしようもないまでの力にさらされた前で、すっくと立ち、己を主張する人間の強さと、それを端的に現す言葉です。
主人公である張順、その兄・張良、さらには彼らを助ける商人の申沢や、ひょんなきっかけで関わり合いとなる、がさつだが頼りになる男、猟師の玄など。彼らが窮地で、あるいは決断を前にして。または、勇気の輝きを見せた相手にかける言葉。それは力強くも、決して上滑りしている綺麗な言葉ではありません。また、それを口に出す人々が、いろいろと愛すべき弱みや裏をも持っている人々だからこそ。時に驚くほどストレートで、時に荒々しいまでに叩き出されるそれらの言葉が、ずしんずしんと効いてくるのだと思います。
主人公の名前を見た(あるいは設定を読んだ)瞬間に、シリーズ既読の方は「あーっ!」って言う風になると思うのですが。そこがどうなるか、あるいはどうならないかは、ぜひ読んで下さいと申しつつ。大変なご褒美でした、と申し上げるに留めたいと思います。
それにしても、この一連の作品、どこに向かって、どう着弾していくのか。次はまた一年後くらい以降と言う気はしますが、心静かに楽しみにしたいと思っております。
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