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2013.04.07

ふたつの新潟・私録沼垂新潟興亡記【江戸時代・1~長岡藩と新発田藩】

 さて。上杉が去ったのちの、江戸時代の新潟市周辺。
 このあたりは、大雑把に言って、おおむね長岡藩と新発田藩、二つの藩の支配下となったようです。

 長岡藩の中心地は、堀氏により新たに築かれた長岡城。洪水を避けるため、信濃川からやや離れた場所に築かれた都市であり、その物流の要は、信濃川の港町である新潟でした。長岡藩は新潟港に新潟町奉行を置いて、商業と物流に力を入れていきます。
 一方の新発田藩は、秀吉配下として上杉の代わりに封じられた溝口秀勝が、家康に本領を安堵されて、そのまま新発田藩として支配を安定させていました。この地域には珍しい外様大名です。溝口家は、新発田氏の時代と変わらずに新発田城をその中心とし、河川物流の要は、阿賀野川の河口にある沼垂が引き続き担っていました。
 ここに、長岡藩-長岡-信濃川-新潟ライン、新発田藩-新発田-阿賀野川-沼垂ライン、と言う、二つの河川ライン、ふたつの新潟が完成したことになります。

 この頃には、信濃川と阿賀野川、さらには対馬海流による堆積も進み、新潟平野は巨大な土地になっていました。ただ、その土地を、今のような肥沃な穀倉地と考えてはいけません。
 それは農地と言うにもほど遠い。沼と湿地に満ち満ちた、巨大な湿原でした。信濃川も阿賀野川も、たびたび洪水を起こしては流れを変え、土地そのものをごっそり持っていく恐ろしい存在であり続けていたのです。
 長岡藩も新発田藩も、その領地のかなりの部分は、大河流域の巨大な低湿地帯でした。二つの大河の流域にある二つの藩は、財政改善のため、競い合うように干拓と開拓を行いました。やがて沼と蘆に囲まれた低湿地は、日本有数の穀倉地帯へ、我々の知る米どころ、新潟へと変化を遂げていく事になるのます。

 今でこそ新潟といえば米どころ、豊かな穀倉地帯、と言うイメージがありますが、それは決して先天的な、神から約束された豊葦原ではありませんでした。悪水とまで呼ばれた低湿地を、人間の知恵と力で築き上げ作り替えた干拓地、人の力が生み出した、黄金色のフロンティアだったのです。

 この人間の力が築き上げた里山と言う環境に、天然記念物であるトキが依存している、と言うのも、随分とややこしい問題だよなあ、と思うのですが、それはさておき。
 さておきついでに付け加えると、長岡では女性の立場が非常に強かったとのことで、女性が家督を相続する事も認められていたようです。謙信女性説と言うのも、このあたりにも絡んでいるんでしょうかね。
 それはともあれ、女性の棒手振り(天秤棒を担いで商売する小売商、時代的によく出て来るあの人達)も普通に町を闊歩していました。このような女性の棒手振りは、他の土地では珍しく、旅人がびっくりしている姿が絵に描かれていまして。これがみなとぴあに収納されていました。中国の客家の例を引くまでもなく、フロンティアの女性は強くなるのでしょうね。
 ……それはいいんですけども。これがその。上杉謙信、景勝、さらには直江兼継あたりもそうですけども。あのへんの人達に衆道的な逸話が多いのは、越後の女性が強すぎるから、とかだったら実に面白かろうなあ。と思うのですが(奥方は他所から来ているはずですが、と言う突っ込みはさておき)。
 過ぎたるBLは国を滅ぼす、と言うくらいで。本当にそれはさておいて。

 長岡藩の新潟、新発田藩の沼垂。二つの藩の港町は物流の拠点として大活躍し、二つの藩の実収入を向上させる役割を果たし続けます。
 しかしその一方、信濃川と阿賀野川、二つの河川の力の奔流に晒され続けたのも、この二つの港町でした。しかもこの頃は丁度、信濃川と阿賀野川は河口で合流しており、ひとつの巨大な河口となっていました。
 しかし、川の流れは洪水によってたびたび変わり、そのたびに沿岸に大きな被害をもたらしました。そして流れが変わらない場合でも、河川は徐々に土地を浸食して削り取っていきます。しかし逆に、川の流れが早くなり水量が増えれば、川底の堆積物は耐えず押し流され、港に欠かせない水深を確保してくれる役割を果たしてくれます。
 川に依存する港町は、川の力の暴虐に晒される一方、その繊細なバランスの上の恩恵をも受けて、町の存在が成り立っていたのです。
 そして、このバランスの崩れによる被害の大部分を被ったのが、不思議にも港町の一方、沼垂だったのです。

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