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2013.04.21

変態と言う名の孤独、ヒーローと言う名の拘束:『HK 変態仮面』

リンク: 映画『HK 変態仮面』オフィシャルサイト.

 色丞狂介は、悩み多き高校生。
 たとえば、女手一つで育ててくれた母が、現役のSM嬢で誇り高き変態であること。喧嘩がからっきし弱いくせに、顔も体もごっつくて、持て余すほどの正義感を持っていること。
 そして、隣の席になった転校生の女の子に、一目惚れしてしまったこと。

 しかしとんでもない偶然で、彼女は命の危機に見舞われる。空回りする正義感がろくでもない偶然と噛み合ったとき、彼は-- 彼はパンティーを被っていた。顔に。
 そして犯罪者は、街のすべては。やがて彼と戦う宿敵は。その姿を見て知る事になる。筋肉の鎧に網タイツを履き、心に燃えたぎる正義をたたえた、心正しき変態の姿を。
 しかし誰が知ろう、彼の心の苦しみを。誰かが危機に陥るとき、しかし狂介はパンティーをかぶり疾走する。正気と狂気の狭間を、承認と拒絶の綱渡りを繰り返しながら……。

 まず最初に言っておくと、すごい面白かった! と言う事。
 いきなりの冒頭のワンカットから、だしぬけに吹き出させて貰って、オープニングの映像の時点ですでに涙目。もうこれは(OPで)やりたいことがきっぱり解ってもう素敵。途中でもこれはあれだろうどう見ても、を露骨にやっててくれますし。アメコミファンはこのへんでとりあえず満足。
 話の展開、と言うか、会話のテンポも非常に調子良く、特にライバルとなったムロツヨシと安田顕の台詞回しの巧みさ面白さ、詳しくは述べませんが、大演説の迫力などは、脱線すれすれのところを持って行っていて、しゃべり出したときのリズムの持っていき方がものすごいなあと。
 主演の鈴木亮平の、狂介のときは基本的に力みが入っているのに、変態仮面になると途端にクールで冷静な台詞回しになるあたり(そもそも、このキャラの使い分けがすごいわけなんですが)、ほんと上手いのに悪用してるなと思います。
 基本一対一のアクションも、漫画的なCGをひねりこんで迫力よく入れていると思います。考えてみると主人公はほぼ全裸なわけですから、打撃戦とかきちんとやらないと言い訳がきかない感じなんですよね。それを考えると、うまいなあと。
 そして、これは沢山の人が言ってる事だと思いますが、動と静の演出がすごくうまい。動いている時はダイナミックに動いて、ここ、そこ、と言うところで、ぴしっと止まるポーズをかなり大目に入れてくる。しかもそのポーズが、コミックそのままだったり、いかにもコミックっぽい…… ジョジョ立ちって言ったらたぶんあちこちからお叱りを貰いそうですけど、でもジョジョ立ちな…… ポーズなんですよね。ぴしっ、ぴしっ、と小気味良くポーズを決めつつバトルをする様は、なかなかどうして、あまり見たことない感じだなと思います。アニメっぽい、って言うのかな……。

 さて。
 異形のヒーローものの文法として、「泣いた赤鬼」の理屈と言うのは、わりといろんなことに適用できるのだろうなあ、と、前々から思っております。
 ヒーローとは、肉体的にか精神的にか、とにかく他の大多数の一般人とは異なる異物である。宇宙人であるスーパーマンしかり、超人化したスーパーマンしかり。
 そして、彼らは異物ではあるものの、社会の一般者と同じ価値観を有しているか、あるいはそれを尊重しなくてはならない理由がある。この一点が、ヒーローと悪人を分けており、また相互の行き来のハードルを下げているわけですけども。
 そして、異物であり、なおかつ社会の一般の価値観を尊重する意志がなく、むしろ積極的に破壊する意図を持っている存在は、ヒーローに対義する存在である「悪人」となる。
 このとき、悪人とヒーローの持っている異物としての属性が、同じものなのか、違うものなのか、で、またおいおいドラマにバリエーションが出て来るのですが。スパイダーマンと宿敵エレクトロは、社会からすれば「変な服を着た超能力者」ですけども、それぞれに出自は違う。しかしX-MENと(昔の)マグニートは、元を正せば同じ穴のミュータントで、主義が違うからこそ争い合うわけです。

 ともかく、ヒーローの存在する物語には、「一般人と異物」「社会的な価値を尊重するか、しないか」、ぶっちゃけ「犯罪を防ぐか、犯罪を犯すか」的な、二つの対義軸があるんだろうなあと。そんなふうに思っていたわけです。

 しかし。ヒーローが異物である、と言う考え方は、それがフィクションであるがゆえに、希釈されたり、都合良くスルーされたり、なあなあで解釈されたりしがちです。たとえばX-MENはミュータントであり、善悪とか関係無く、ただミュータントである、と言う理由だけで排撃され攻撃されている。X-MENの場合は、人種差別を表現しているわけなんですけども。
 作中で、フィクションの世界の中で、たとえ正しくとも、根源的に忌み嫌われている、少なくとも生理的なところで受け入れがたいものがある、と言う部分を。「読んでいる側」に肌感覚で理解させるのは。読者や観客に、不快感を呼び起こさせる事なく、純粋な娯楽として理解させるのは、極めて極めて難しい事だと思うのです。

 で、変態仮面は、それをやってのけたわけです。彼はヒーローであり、(少なくとも報道されている限りは)無私の人であり、見ず知らずの人を助けるために危険の中へと飛び込んでいく勇者です。
 しかし、彼に助けられた人は、なかなかに微妙な表情になります。まあ、その、なんだ。説明しなくてもアレですよね。だってパンツかぶってるんですよ。助けに来てくれた人が。このなんていうか、話し合いが通じそうにないと言うか、取り引きはしない感というか。そもそも、違うゲームのルールで動いてるよねこの人感と言うか。理解できそうにない感じ。
 つまるところは、作中の台詞で端的に繰り返し語られるように、彼が変態だからです。
 そしてこの、パンツ被って網タイツはいてる、と言う、もうなんていうか、どうしようも言い逃れのしようのないスタイルを作り出す事で。フィクションのヒーローに対して、フィクションの世界がかかえている、「根本的な受け入れられ無さ」、「生理的にダメな感じ」を、劇場のこちら側にも、……大笑いさせながら…… なんなく肌で理解させている、と言う。この感覚って、相当すごい、と思うのです。

 話を通じて、狂介は悩み続けます。それはもうおなかかかえる苦悩でありますが、それはれっきとした赤鬼の苦悩であり、ヒーローのコンフリクトだと思うのです。
 自分は、ただ手段として変態行為をしているに過ぎないのか、それとも本当に変態なのか? 自分は変態でいいのか? 仮面の自分の義務を取るのか、素顔の自分の幸せを取るのか。
 回りが幸せになれれば、自分は不幸せでいいのか。本当にそれでいいのか?

 ヒーローのありようというものに、向き合おうとした、と言うよりも食らいついていった、意外にもかなり真面目な見方ができるこの作品。ちょっとそういう観点でも、見てみてほしいな、と思います。 

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