煬帝マストダイ。（☆☆☆）

リンク: 隋の煬帝の墓 中国の江蘇省で発見か　NHKニュース.

　こないだイギリスでリチャード三世の遺骨が（駐車場から）見つかったばかりですが、今度は中国から隋の煬帝の墓が見つかったんじゃないか、と言うニュースが。おおー、と、ちょっと興奮であります。

　なにかの建設工事の際に見つかったとのことですが、あの秦の始皇帝陵も発電所かなにかの建設工事のときに見つかったのだそうですし、こういうことは割と多いのかも知れませんね。

　ともあれ、隋の煬帝です。わざわざ「ようだい」なんて変な読み方をされてしまうあたりからも判るように、中国歴代の皇帝の中でも、特に名高い人のひとりであります。残念ながら、悪いほうで。
　中国全王朝、歴代皇帝の中で、評判の悪いワーストを選び出すとしたら、秦の始皇帝や殷の紂王（皇帝じゃないですけど）あたりと並んで、かなりの上位ランクインは間違いない、と思える皇帝なのです。

　日本では、聖徳太子の親書（小野妹子が遣隋使として持っていった）を見て激怒した、と言うエピソードで有名な人ですけども。
　晋王朝（司馬氏の王朝）の分裂から数百年、ひさびさに中国を統一した隋の初代皇帝文帝の次男として生まれながら、兄を陥れて皇太子の座を手に入れ、父を忙殺して皇帝となり。
　南北を貫く大運河の開削や、つごう三度にわたる高句麗遠征で、人民を疲弊させ国を貧しくした挙げ句、都を捨てて、いまの南京の辺りに逃れ、統治者としての責任を放り出して自棄自堕落な贅沢にふけった挙げ句、親衛隊に裏切られて殺され、隋はわずか二代にしてついにあえなく滅亡を遂げた、と。
　まあなんていうか、色々盛りすぎなかんじの最後を遂げた、そんな皇帝とされている人です。

　されている、と言うのは、その事績がどこまで本当だったのか、のちの世に膨らまさせて書かれた部分があるんじゃないか、と言う疑いが、つねにあるからであります。
　中国には王朝の通史があり、たとえばそれは、唐書や元史のように、王朝ごとにまとめられた歴史、正史と呼ばれるものです。しかし、この歴史は誰が書くのでしょう？　歴史が書かれるのは王朝が滅んだ後であり、その歴史を記すのは、大抵にして、そのあとを受けたつぎの王朝の人々です。そして往々にして、つぎの王朝の人々とは、前の王朝の最後の軍勢、最後の皇帝と、剣を交えた人々なのです。
　いえむしろ、直接対決して、直接勝利したのなら、まだしもなのかも知れません。新たな王朝が立ち上がるまでには、激しい生存競争があり、その中には策謀やさまざまな行動があるはずです。そのさまざまな、時に非合理でもある行動を正当化するために、一番簡単なことは、なんなのか？　言うまでもなく、悪を規定する事です。

　天下を修めるべき皇帝が暗愚であり、その努めを果たしていない、となれば。悪を倒すために行われる行動は、多かれ少なかれ、正当化されて語られる事でしょう。すでに敗れた王朝、滅んだ皇帝には、その行動を弁護してくれるものは居ないわけなのですから。
　煬帝の行動も、決して賢く完全なそれではなかったのではあるのでしょう。おそらく責められるべきなのは、この人が失敗した、敗北した、と言う事なのでしょう。意欲的に行動した事が、結局は能力のキャパシティを超えて、失敗に当たったのだと思います。
　彼は兄を欺き、父を殺したのでしょうか。本当のことは判りませんが、その一事だけを持って、彼を悪逆の人間と断じるのは、少し早急に過ぎるでしょう。少し後、中国王朝でも屈指の名君と讃えられる唐の太宗皇帝もまた、競争相手である兄と弟、甥たちを陥れて殺害し、父を引退させて皇帝の位を手にしたのですから。

　とはいえ、歴史は有形である以上、万能ではありません。
　ひとたび書かれたものは、のちの世に検証の対象となることを避ける事はできません。煬帝や始皇帝、紂王といった、言わば物語の力で悪逆とされた王や皇帝達にも、それぞれの立場と合理性があり、つまるところ、悪のための悪ではなかった、と言う事は、昔から、折々に検証され、明らかになってきたことではあります。

　時間の流れを早くしてしまった現代の人々ですが、それは事実が冷却化されて歴史となる時間が早まったことと同義ではありません。むしろ、なにかを忘れる事が許されなくなりつつある現代、事実が冷えるには、いままで以上の時間が必要になるかも知れません。
　数百年の時を経て、冷え、乾いた歴史の遺跡。そこから何が出てきて、なにが判るのか。なんとも楽しみなニュースであります。