花も実もある嘘八百:「ウルヴァリン:SAMURAI」(☆☆☆)
リンク: 映画『ウルヴァリン:SAMURAI』オフィシャルサイト.
ウルヴァリン。不死身の体を、不滅の闘志を持つ男。それゆえに彼は苦しんでいた。生き残った事に。愛する者を手に欠けた事に。罪の意識に、与えられない罰に、自ら手にかけたジーン・グレイの幻想に苦しめられながら。彷徨う彼を探し出したのは、はるかな過去からの使者だった。
数十年前、日本軍の捕虜だったウルヴァリンが、長崎への原爆投下の時に、命を救った男がいた。その男・矢志田は生き延びた。功成り名遂げ、ついに日本有数の実業家となって、いまや病と老いで、死に瀕していた。
使者である女忍者ユキオの言葉に、渋りながらも、日本を訪れる事になったウルヴァリン。しかし日本で彼を待っていたのは、旧友との再会だけではなかった。
ウルヴァリンを待ち受ける、異国の二つの顔。闘争と逃亡、敵意と静謐。父と子、現代と過去、ヤクザとニンジャ。そして死と不死。
不死身の力の源・ヒーリングファクターを失い、かつてありえなかった満身創痍と言う状況で、孤独な戦いを強いられるウルヴァリン。
戦いのたび多くを失ってきた彼を待ち受けるのは、勝利なのか、喪失なのか、それとも。
タイトルの言葉、正確には「根も葉もある嘘八百、花も実もある絵空事」、もしくは「花も実もある嘘っぱち」が正しいようですが(前者は佐藤春夫、後者は柴田錬三郎の言葉…… だと思います)、そんなことをつらつらと思い出しつつ。非常に普通に楽しい作品でありました。
あと純粋に面白いのは、「アメリカ人の観客向けに撮った、日本を舞台にした映画を、日本人である自分が見ている」と言う、このズレの感覚ですよね。このへんの感覚は「ロボット」を見た時も思ったんですけど…… このときは「インド人の撮ったインド人向けの映画を日本人が見る」と言う意味で、「説明しなくても解るインドの常識」が、ひとつひとつ面白かったわけなんですが。
ともあれ、全く何も気にならない、と言えば、さすがに言い過ぎになりますが(しかし大阪とか歌舞伎町の裏通りとか言うと、なにが出てきてもおかしくない気はしますが、と作中に出てきたものを見て思ったり)。作中のほとんどの舞台となる日本の描写は、そういうのを期待して見に行くと、肩すかしを食らうほどに、誠実で、言っちゃうと地味です。大都会の描写と、長崎のひなびた雰囲気を両方描いているあたりが、現地ロケを入念に行った、と言うだけあって、非常に好感の持てる、リスペクトを感じる雰囲気。
こういう場合の「日本」と言うのは、日本を示す数多い記号を埋め込んで、それで説明を省いてしまうのが、通常のメソッドであり、かつ観客もそれで納得する、と言うのが普通だと思うのですが。この作品では、記号を出来る限り廃して、記号になっちゃう以前の「にほん」をきちっと描いているし、少なくとも描こうとしていて、それもかなりの部分、成功していると思うのです。ネタバレしちゃうと、ゲイシャもスシもオイランもテンプラもスモトリも出てこないわけです。まあハラキリは開始5分くらいで出て来るので、正直あとどうなるんだってハラハラしたわけですが。
逃避行を重ねるウルヴァリンが、日本の様子に戸惑ったり、いろいろ作法的におかしなことをやって、ヤシダの孫娘マリコにやんわり訂正されたりしているあたり。なんともウルヴァリンふるさと日本紀行みたいな雰囲気までちょっと漂っていて、あれ、これハリウッドのアクション映画だよな、と、ちょっと落ち着けよ自分(逆方向に)とかとも思うのです。
まあもちろん、敵としてヤクザだとかニンジャだとか出て来る、と言うのは、もちろんちゃんとありますが(あとその変装が途方もなくて吹き出しますが。ニンジャどころかヤクザも変わり身してる!)。このへんがなんとも実に「ニンジャスレイヤー」風味で。ヤクザの皆さんが日本語で「ガイジン!」「テメッコラー!」とシャウトしているのを見て、さすがにニヤニヤしておりました。
そうそう、ウルヴィーのことを、作中だいたいの日本人は「ガイジン」とか「あのガイジン」って言ってるんですよね(日本語で)。このへんは、なんとも楽しいです。アメリカだと英語字幕出てたのかなあれ。
全体として、「日本をカリカチュアせず(あるいはしすぎず)きちんとリスペクトを持って描く」と言う事と、それと両立する事が極めて難しい、娯楽作品としてきっちり楽しいものにする、と言うのを、両方高いレベルでやってのけている、と言う、普通に娯楽として楽しいし、いい方向の作品だと思うのです。
もちろん、完全にリアルな、現実の日本と比較してしまえば、この作中の描写も相当おかしいところがあるのは確かです。しかし、リアルに拘りすぎて、娯楽としての内容に過剰な縛りを設ける事は、エンターテイメントの作品を作るにあたって、そこまでして大事なことなのだろうか、とも思います。
少なくとも、この作品には、日本を戯画化することに対する抵抗があり、そしてリスペクトがある。この映画を見た人が、日本に興味を持ち、日本を訪れたとき、「わあ、映画のまんまだ。でも新幹線に天窓はないんだな」と言うような感想を抱いて貰えれば、それで作品としての成功に、ボーナスがついた状態になるんじゃないか、と思うのです。
あまり触れてませんでしたが、内容も非常に、なんていうかこう、願望に素直な感じで、ボンクラマインドに響いて面白いです。俺がアメリカ人のタフガイナイスガイなら、日本でこんな冒険してみたい、みたいなのが、大体入っている感じ。
相棒のユキオは、ちょっと不思議系入った派手め美少女クノイチ(日本人)、ヒロインのマリコは可憐で幸薄そうな黒髪の美少女(日本人)。そして敵はヤクザにニンジャ。あちこち観光したり乗り物乗ったりもして、バトルはおおむねチャンバラ。これはもうエピソードニッポン精神満開と言っていいんじゃないでしょうか。
シリーズを知らないで見に来る人は、冒頭とラストで豪快においてけぼりになる気は若干しますけども(X-MENシリーズとのつながりの話が濃厚に出てきますし)。ともあれ、もっと早く見に行けば良かったー、とかなり後悔したこちらの作品。
X-MENかウルヴァリンか、もしくはニンジャスレイヤーが好きなら、一見して損のない作品です。セルもしくはレンタルがはじまりましたら、是非是非。
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