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2013.12.30

正しい言葉を口に出す者は、狡猾でなくてはならない。(☆☆)

 誤解されている、とか、それは発言の本意では無い、と言う言葉を聞くにつけ、首を傾げる事は多い。とりわけ、そう思う事が多い今年でありました。
 正しいと思う事を口に出す者は、慎重でなくてはならない、と思う。狡猾でなくてはならない、とも思う。

 怒りは酒や煙草と同じようなもので。ほどほどに留めるなら、本人は満足(そして周囲は迷惑)で済むけれど。
 度が過ぎれば、中毒になる。怒らずに暮らす事ができなくなる。

 正しい、と思う事を口にしている瞬間、人間は捨て身技で攻撃を仕掛けた体勢になる。不作法になり、無防備にもなる。それはその人が普段、お行儀よく覆い隠しているなにかを自ら暴き出してしまう。シューティングゲームのボスキャラが、自分でコアを露出するようなものであって。

 だからこそ、人はそこを突かれると逆上する。「そこじゃねえよ」って怒り出す。発言の本意からすれば、どうでもいいはずのところに反論してしまうから、問題は本題からずれていく。
 そして結局、それは「その人の発言」に対する攻撃ではなく、「その人自身」に対する攻撃ではないか、人格への攻撃ではないか、と言う、それはそれ自体、間違ってはいない議論へと収束していくので、問題は余計、ややっこしくなる。

 怒れる人を宥めよう。正義を口にする人の鋭鋒を反らせよう。無防備になった脇腹に、ナイフを突き立てるような真似は控えて、まあまあ、と宥めるに留めよう。彼らはそういう人間なのだ、と言う事実だけを、ただ忘れずに心にピン止めして。
 攻撃する必要はない。だが許す必要もない。忘れてはならない。義憤も私憤も同じ事だけど、怒りの届く限り、それを記憶し続けよう。たとえ忘れたとしても、大した問題ではない。怒りを燃やし続けるほどの問題ではなくなった、結局のところ、大した問題じゃあなかった、と思えば、間違っていないのだ。

 心に使われてはいけない。怒るのはいい、だけど、自分自身に怒らされてはいけないのだ。
 来年はもっと、ニコニコして日々を過ごそうと思います。

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