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2014.01.13

行動半径五十米、横浜観光局地戦。(☆☆☆)

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 あとにして思うと、こんなことになるとは思ってなかった感が若干ありますが。
 好天の月曜日は、烏羽さん紅崎さんらと共に横浜見物に繰り出しておりました。正格には繰り出すプランだったのですが、最初の目的地でまるまる一日潰してしまいました。予想はしていた! ちょっとくらいは!
 ともあれ、一日飽きずに見ていたものこそなにかと言えば。数ある横浜のシンボルの一つ・帆船日本丸と、併設されている横浜みなと博物館なのでした。

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 と、その日本丸に辿り着く前に、ごろりと転がっている不思議なものが。
 根元から撮ってますけど、これは日本丸でかつて使われていたマスト。根元のところが老朽化してきて危ないので丸ごと取り替えて、古いマストをこうして展示しているのだそうです。
 言われて見れば根元のあたりにヒビが見えますが、それでも頑健かつ重厚。そしてこのマストの先にちょっと見えるのが日本丸です。

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 横浜港に颯爽と構える、日本丸の全景。ちなみに下はきちんとドッグになっていて、海水が入っています。この横浜船渠のドッグも、かつては現役でフル回転した立派な文化遺産。いま調べたら国の重要文化財なのだそう。
 桟橋の事務所で、見学のチケットを購入し、タラップから船に乗り込みます。

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 これこれ、いきなり飛び込んでくるのがこんな光景です。
 一時期海洋冒険小説が大好きだった時期があって、なぜかボライソーだけずいぶん読んだり、マスター・アンド・コマンダーを喜んで見に行った(観客は自分以外3人くらいだった)りしたものですが。なるほど文章で書かれているのはこういう光景でもあるものか、とすでにテンションが上がり調子。

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 この日本丸は戦前から戦後にわたって、50年以上の間、船員の卵が訓練に励む練習船として、航海を続けてきた船。戦時中は民間船の例に漏れず、帆を取り外されて海軍に狩り出されましたが(日本丸にはエンジンもついているので、帆がなくても動けるのです)、太平洋戦争を、そしてその後の時期を生き延びました。
 その役割を日本丸(二代目)に譲った後、有志の活動と寄付により、横浜日本丸パークで、今日こうしておすまししている、と言う訳ですね。

 で、この展示は練習生の日課だった甲板磨きの風景。半分に切った椰子の実を使って、砂と海水を撒いた甲板を、ごーしごーしと擦ったのだそう。
 椰子って丈夫だなあ、と変な所で感心しましたが、ガイドさんに、新しい甲板と、古くなった(恐らく数十年くらい磨かれた)甲板の切れ端を見せて貰いびっくり。分厚い木材が、半分くらいの薄さになるまで削れてなくなっていました。どんだけなんですか……。

 ちなみに右にちょっと写ってるのが、そのゆかいなガイドさんの服。他のガイドさんに比べても、ひとりだけ飛び抜けて派手(自作らしい)。
 なんかちょっとイアン・マッケランに似てる、おもしろい老船乗りと言う感じの人なんですが、話を聞いていて吃驚。日本丸が現役だった時代に、本当にこの日本丸に乗り組んでいた、元船乗りだった方なのでした。そりゃあ話面白いわ…… びっくり。作詞家の星野哲郎は昔日本丸に乗り組んでいたが病気で下船して、療養中に作詞を始めたのだとか、加山雄三が名誉船長で乗り込んで来た時には腹が立った(小型船舶の免許しかないのに船長とはずうずうしい、と言う理論)とか。最後は面白過ぎてすっかり船の話から離れてしまい、ロープの結び方とか習っておりました。まさかここで山賊ダイアリーみたいな話が聞けるとは。

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 マストとロープ。とにかく船の中はロープでいっぱい。さきほどのガイドさんによれば、日本丸のロープの総延長は19kmにも達するのだとか。それが風や波で暴れるのをコントロールするわけですから、そりゃあ命かかりますよね……。船内のさまざまなものは、ロープを操ったり保持するテクニックや、あるいはロープを利用して作り上げた、いろいろなもので満ちていました。

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 ばかでかいメイン錨。
 この錨を船と繋げている鎖があって、その鎖の輪ひとつの重さが1.5tもあるんだそうで(記憶頼りなので、ちょっと不正確かも知れませんが)。つまり、どんだけなんだ。
 この錨を巻き上げる機会が揚錨機。どこかで使いたい素敵ネームです。

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 マストのむこうに、みなとみらいの観覧車が見えます。
 いやそれにしてもいい天気だこと。

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 船内は実際に使用されていた時の様子が復元されており、ところどころに当時の写真が張り出されています。味噌汁の入った寸胴が天井から吊されている様子とか(テーブルに置くと、波で寸胴がひっくり返ってぶちまけちゃうからだとか)。
 船内には当時の注意書きなんかもあり、冷凍庫に稼働している時間と動いていない時間があったらしいとか、いろいろ興味深いです。

 ちなみに写真は散髪の様子。すでにパンツ派とふんどし派で派閥があったことが解ります。
 それで思い出しましたが、船内で洗濯は週一回、土曜日の午前中だけだったそうですよ。水は20人で、ばかでかいタライ4つ分だけ。水が貴重品だと改めて解る……。

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 見た瞬間に、おおお、とテンションが上がった、船尾楼の士官集会室。このコの字型テーブル、まさに映画や小説で見たそのまんまです。回りは士官クラスの私室が、ぐるりと取り囲んでいます。

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 そして、見上げると灯り取りの窓にはステンドグラスが。いいですねー。

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 ぐるりと回って、海図室で見かけた不思議な物体。ロランCっていったいなに……。
 下に説明板がありましたが、言わばGPSの先祖のようなもの。二つの基地局から発せられる電波を使い、海上での自船の位置を割り出す、と言う仕組みなのだそうです。今はGPSのほうが普及したので、だんだん先細りになっているのだとか。いま調べて気付いたんですが、これもアメリカ海軍発祥みたいですね。

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 マストと日輪。
 素敵な光景だなあと思いつつも、これに登れって言われたら泣くしかないなあ…… と言う話を三人で。実際、登っている写真をあとで見ましたが、見ただけできゅーってなる感じの代物でありましたよ……。一列になって、先生に追い立てられながら登っていく、と言う(一部想像)。

 そんな感じで、日本丸だけで予定を30分以上オーバー。満喫してしまった次第でした。
 このあとは、すぐとなりの横浜みなと博物館へ。まずは博物館併設のグリルで昼食にしたあと(ランチビュッフェなんですけど、パスタがビュッフェの中に入っていると言う重量級仕様)、横浜みなと博物館に思いっきり耽溺してきた次第です。

 さすがに中は撮影禁止だったので、写真はありませんが。横浜の歴史コーナーは江戸時代後期からスタートしていて、新潟の時とまたずいぶん違うな、などと思っていたものなのですが。そのあとの濃さと展示の面白さに、博物館の人が何してるんだろうこの人、と様子を見に来るくらい、楽しませて頂きました。
 たぶん当時の人が想像で書いた、ペリー提督の絵がフリーダムで愉快でありました。「欽差全権国王」と言う添えられている言葉の意味を、ひとしきり想像してみたり。「水師提督ペリー」はそれにしてもかっこいい響き。
 そんな感じで、冗談でもなんでもなしに、気がついたら閉館時間になってしまい。最後のあたりの展示を駆け足で見届けて、走破というか脱出というか。ともかく、予想以上に満喫してしまった、みなと博物館でありました。

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 最後は移動して焼鳥屋にて、一日立ちっぱなし歩きっぱなしだった足を休めて。超局地戦となった横浜観光は、締めくくりとなりました。

 そんなこんなで、意図せずして超狭い範囲で満喫した横浜観光記。
 次はもうちょっと広い範囲を移動して、仕込んだ知識で見て回りたいと思います。

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