インフェルノ、渦中より始まる物語(☆☆)
数々の事件を経験したロバート・ラングドン教授からしても、その月曜日の始まり方ははおよそ最悪だった。
目を覚ましたのは、病院。頭には銃創。目を覚ますまでの二日間の記憶はまるまる失われ、しかも病院に殴り込んだ殺し屋に、救急医は撃ち殺されてしまう。もう一人の医師とともに、払暁の逃走劇を強いられるラングドン教授。しかも彼が今逃げているのは、自宅のあるアメリカから遠く離れた、イタリアの古都フィレンツェだったのだ。
数を増す追っ手、逃亡劇の最中、おぼろげに姿を見せ始める過去の二日間、そして露わになる、理由も目的も解らない、見知らぬ昨日の自分の行動。
なにひとつ預かり知らぬまま、ダンテの「神曲」を巡る物語の最中に、突然に目を覚ましたラングドン教授。見失った己自身の目的を見いだそうと、謎と秘密とに苦闘するうちも、ラングドン教授達を取り巻く陰謀は恐るべき速度で回り続ける……。
そんなわけで。前作「ロスト・シンボル」を読んだ時には、この人このあとどっちの方いっちゃうんだろう、と。若干を通り越してかなり心配になったダン・ブラウン先生ですが。今作ではトンデモな味付けはぐっと押さえ目になり。正調と言うべきか、うんちくと名所観光と、スリラーとアクションサスペンスが大まかな混ざり具合で押し寄せてくる雰囲気に戻っています。
今回の主な舞台は、フィレンツェを初めとするイタリアの都市。地獄、の名前の通り、メインテーマとなるのは「神曲」とその作者ダンテ、そして神曲を原点とする、様々な美術作品、建築物などが、ラングドン教授たちの行く道に合わせ、陸続と登場してきます。
そのまま観光ガイドになりそうな詳細な説明は、このシリーズの安定した魅力のひとつ。
どうもこの人が書くところのサスペンス的なところは、どうにも本来の意図とは違う意味でハラハラ感があるのですが、今作で言うと、ラングドン教授を狙う女殺し屋のヴァエンサがなんだかもうドジッ娘かわいい状態になってしまってて、どうにも、いいのかこれは感があるのですが。なんともこなれない感じは、若干のパズル的な仕掛けも込み。後半まで読み進めてみて、おっとこれは、と顎をひねって。もう一回頭から読み返そう、となるところです。
全体的に見て面白いとは思うのですが、放り込まれたいろいろな要素がうまく合致していないかな、と思うところはあります。
美術史うんちく的な部分や、いわゆる事件の背景に関わるスリラー的な部分、ラングドン教授がいろいろ見舞われるサスペンス的な部分などについて、噛み合わせがいまひとつ良くない感じ。いろいろつごうが良すぎないでしょうか、とか、事件のための事件になっていないか、とか。思うところは若干ありはするのですが……
読中、物語がどこにどう飛んでいくのか。そして中途の仕掛けは、ベストセラーシリーズの名に恥じないものだと思います。ダ・ヴィンチ・コードで見かけたラングドン教授の、最新の冒険、と言われて気になる向きの方は、ひとつお試しください、と思う次第です。
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