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2014.10.12

願いを抱き雲を衝き:秩父龍勢祭(☆☆☆☆)

 そして、見事に飛んだ。

 あいにくの曇天のもと、蝗の子の飛び交う草っ原に、沢山の人が、思い思いの恰好でくつろぎながら、賑やかし会う。山の斜面を、空を見ながら。
 キャンプ用の椅子に深々と寝転がり、ビールを置いてうとうとしている老夫婦。レジャーシートを広げて、騒ぎ合いながら屋台の食い物を分けあうグループ。場所がどこでもはしゃぐ子供らと家族連れ。有料席や関係者席は、机を持ち込みビールサーバまで出て、さながらに居酒屋の装い。立ち止まり空にカメラを向ける人々を、警備の方が軽く促す。
 腹に響く音で、花火が曇天に咲く。人々が空を見やり、いやまだだ、と、視線を再び仲間に落とす。花火は見事だ。だが、彼らが本当に見たいものは、まだ、このあとに来るのだ。

 青々とした山の斜面、そこに突き立てられたのは、三階建てのビル並の巨大な木の櫓。その天辺で白いものがひらめくのを見て、お、と、誰かが声を上げる。会場からやや遠いせいで、くぐもって不明瞭に聞こえる声がいったん途切れて、そして、吟じる声がそれに入れ替わる。
 とざいとーざーい、の決まり文句とともに口上が始まれば。酔客もそうでないものも声を落とし、見守るべきものを見守り始める。筒のような巨大な櫓の中に、まるで芯を埋め込むように設置されたもの。尻尾のようにぴんと伸びた細長い青竹、その先に括り付けられた火薬を詰めた大筒。そしてこれから人々にその仕掛けを披露する、秘密の仕掛けの数々。
 これが龍勢だ。これが、ロケットだ。
 口上は朗々と語る。この龍勢を作り出した流派の誇りを。この龍勢に願いを込めた人々の事を。この龍勢に込められた願いを。この龍勢を、このあとのただ一度の飛行を奉納することを。
 奉納、の声とともに、導火線が赤く光る。おおッと見守る視線は櫓のただ一点に、もうもうと白煙が上がり、見守る口からまた口から、だめか、飛べ、いってくれ、絞り出すような願いが漏れて。
 引き絞り見守る空気の中、喚声が先に、そして--。

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 三連休の初日、朝九時。自分は西武秩父の駅に居りました。
 仲間内ではいちばん近い部類で、小さい頃から路線図の終点としてその名を知ってはいましたが、はて、降りたのは子供の時以来初めてかも知れません。
 この日ここを訪れたのは、仲間内の長年の念願であるお祭り。龍勢祭りを見るためでありました。

 毎年十月、年に一回。椋神社のお祭りの日に。五穀豊穣を願って、氏子達が手作りのロケットを作り、空に向かって飛ばして神様に奉納する、と言う、これだけ聞くと、いまなんかへんなこと言いませんでしたかと聞き返されること確実なお祭りであります。
 しかしこの龍勢祭はここ最近始まったようなものではなく、長い歴史を持つ伝統を持つ祭り。長い伝統とともにロケットを飛ばす、と言うあたりというか、なんで最初にロケットを飛ばそうと思ったのか、結論から言うとそのあたりは最後まで曖昧なまま。ともかく、その噂には聞いたその迫力と本気度を見るため、6人で連れ立って旅に来た、と、そういう次第でありました。

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 秩父に行くならせっかくだから、と、レッドアローを待っていたら、面白いものが入線してきました。
 京急とのコラボ企画で誕生した、「幸運の赤い電車」ラッキートレイン。現在の西武線とはかけ離れた色味ですが、このカラーリング、小さい頃に走っていた西武線の旧車両になんとなく似ていて、親近感を抱くデザイン。幸先もよしと特急に乗り込み、西武秩父を目指した次第。

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 龍勢祭りがあるのは二日目なのですが、始まるのが朝早いので、前日入りして観光しつつ一泊する、と言うプラン。その前日は非常な好天だったのですが、当日は台風の影響か雲がかなり、になっておりました……。

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 ところで西武秩父駅の改札の中に、最近あまりお目にかからなかった焼きおにぎりの自動販売機が!
 旅先の目的地で、最初に撮った写真がこれってどうなんだと思いつつ。駅に直結したお土産屋のモールを覗きます。

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 なぜ秩父に進撃の巨人絡みのものがあるかと言うと、タイアップ企画をやっているからです。レッドアローすなわち紅蓮の弓矢、って、それって一点突破ですよね!? なんかわかりませんが、凄腕の人がいた気配を感じますこれ。
 ともあれまだ朝も早い時間なのに、札所巡りの巡礼の人、トレッキングににウォーキング、自転車を組み立て始める輪行の人達と、人出も多く賑やかな空気。まだほとんどのお店が開店前とはいえ、お土産屋通りにも精気を感じます。
 その精気をちょっと違うベクトルで感じたのは、商店街、に限らず、街のそこここで見かける、と言うよりも、ほぼ必ず目にする、アニメのキャラクターをあしらったデザインやポスター。西武線の中でもかなり見かけて、記憶に残っているこれらは、数年前に放映されたアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」、通称「あの花」のキャラクター。
 物語が秩父を舞台にしていることから、地元とは強力にタイアップしており、このお土産通りだけではなく、文字通りそこかしこで見かける、それも決してぞんざいにではなく、わりと大事に貼られ、扱われています。
 そしてまた、話の中に龍勢が関わっている(自分は未見なので「らしい」なのですが)ということで、龍勢祭にも大きく関わっています。複数、全部でつごう30組ほど打ち上げられる龍勢の中に、「あの花」ファンから奉納金を集った龍勢もあるとのことで。

 そんなわけで、初日の行動は。まずは会場のすぐ近く、資料館である龍勢会館に向かうことに。

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 会館の外、ずらり並んだ名前は、明日打ち上げられる龍勢の数々。
 龍勢を実際に作っているのは27を数える流派。かつては流派ごとに技術は門外不出で、そういう交流は禁じられていたということでした。もちろん打ち上げる龍勢の中には、「あの花」ロケットの名前もあります。

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 龍勢会館が出来たのは結構最近らしく、建物の中はわりと新しい感じ。最初に資料映像で龍勢の様子と、その製造過程、そしてまさかの失敗例(飛ばない、櫓で炸裂する、etc)を見たあと、史料館へ。それほど広いところではありませんが、龍勢の製造過程…… 木の中をくり抜いた筒を竹のたがで補強し、そこに黒色火薬を餅つきのように叩きながら詰めていく…… と言う様や、それぞれの流派の歴史と紹介、さらには同じような伝統を持つ他の地域のお祭り、国内外ではタイのお祭りの様子などを紹介されたあと、最後に見るのが、櫓の上部を再現した展示。
 なにしろ櫓の大きさが高さ20m、上の部分を収納するだけでも、二階までブチ抜きの建物がそのために必要になる、と言うとんでもない大きさです。一部でこれなんですから、全体の大きさたるやいかばかりか。
 ちなみに櫓の片隅には、「龍勢にカメラをつけた映像」があって、これがまた素晴らしい迫力でした。くるくると回転しながら、遠く入れ替わる天地。最後、木に引っかかって止まるところまできっちり撮っていてこう。

 同じ史料館の中にあった、秩父事件を扱った映画「草の乱」のセットを見学し、思うところ色々と大となったあと、この日は秩父市内に戻り、買い物を済ませて投宿。
 このあと旅の目当てのもうひとつ、TRPGのセッションを一席設けたのですが、それはまた別のお話、としまして。

 翌朝、朝風呂を頂いて、会場の椋神社へ。資料によれば、昨年訪れた人数は11万人を数え、あとから聞けば今年の観光客は13万人にも達したとか。ともあれ、臨時駐車場がそこかしこに出来る中、どこに車を止めようか、と言う相談をしているうちに、それは最初に目に入りました。轟音とともに一直線に放物線を描き、空を切り裂いてぱあっと散った最初の龍勢。あれだ! と勢いづき、まずは先発隊が場所を確保すべく、車を降りて移動を開始します。
 途中タイの皆さんとすれ違ったりしつつ、道を急げば、思ったよりも早く地響きの音。予定表では15分に一本のはずなのに、早すぎる、と思っていたら、それはどうも、合間合間に上がる花火の音のようで。ともあれ、早とちりした我々は、登り坂をひいひい言いつつ、さらに急ぎ足に。

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 途中で渡った橋は、その名も龍勢橋。この橋を渡れば龍勢祭会場です。
 会場、と言っても、実際にロケットが飛ぶのは、かなり距離を隔てた危険区域内。いやほんとにパンフレットに「危険区域」って区切ってあって、もうなんかただごとじゃない感が満載なのですが。斜面から無人の山に向けて飛ばすロケットを、会場から見学する、と言う恰好になります。
 とはいえ世間は厳しいもので、有料の観覧席はすでに(瞬殺だったらしい)売り切れ、無料の観覧席を目指して、交通整理されつつ移動していきます。ちなみに一番立派に見える桟敷席は、各流派の皆さんがそれぞれ龍勢を見守りつつ酒盛りをしておりました。お祭りですもんね。
 ちなみに会場で一番最初に見たのは、なぜか物販の最後尾列でした。というのも会場では「あの花」の会場限定グッズが販売されていて、その物販にも長蛇の列が出来ていたからです。その目線で見るまでもなく、会場には軽コスプレというか、「あの花」の主人公の来ている、その、特徴的なTシャツ(「地底人」とかでかでかと漢字で書いてある)を来ている人を、かなりの頻度で見かけました。ときどき重コスプレの人もいましたが、櫓に乗ってたので関係者の人だった可能性も。
 移動している最中には、運良く櫓へと向かう龍勢を見ることが出来ました。

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 流派の人々が、歓声に見送られ、ときどき手を振りながら、威勢良くと云う感じではなく、むしろ慎重に発射台へと向かいます。ちょっと意外な感じもしましたが、これから飛ばす、しかも火薬を詰めたものを運んでいるわけですから、よく考えればまあ当たり前ではあります。

 予想はしたものの、人また人の列をかきわけて。途中立ち止まって打ち上げを見ている合間に、無料席の様子を見に行くと。混んではいたものの、まだそれほどひどい密度でもなく。6人、体を押し込む隙間があったので、シートを引いて陣取る事になりました。

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 龍勢が飛ぶのは、15分に一本。口上が始まれば、列に並ぶ人々の動きも止まり、にぎやかなざわめきが徐々に静かになり、そして徐々に、フォーカスが櫓に集まっていく。

 一年に一度の舞台、一年にただ一本の龍勢。うまく飛ぶとは限らない。飛ばなかったもの、櫓で破裂したもの、そして飛び立ったが仕掛けが開かなかったもの。
 試し打ちも出来ない、代替もない。ただ一度の着火、ただ一度の飛行。誰も保証などしてくれない。見る方も、見ていればそのくらいのことは解る。手出しもできず、ゆえに祈る。叫ぶ。
 ただこの日だけ関わり、見るだけの身に、手出しできることなど他になにもない。会ったこともない人達が、全力で工夫し、必死に拵え、そして必ず飛ぶはずと信じて送り出す龍勢に。どんな願いが込められたかも解らない龍勢に、飛んでくれ、いってくれ、と、ただ半端なく、無心に叫び祈る。

 たとえ現実の龍勢になにかの差し支えがあったとしても。無事に飛んでくれ、無事にいってくれと、ただそれだけを願い見守り祈り叫んだ、その人々の願いに、なんの私心、なんの偽りがあるだろうと。そしてただ、時間と心血を注ぎ込み、雲を衝く龍勢を作り出した、作り出し続けた人々の心根。
 神がいるかは知らず、ただ、途方もない数の人達が空に祈ったのだ。耳があるなら、きっとそれは、塞ぐことのできない、重さと圧力のある、質量を持った祈りだろう。

 「あの花」の龍勢の順番が回ってきて。声優さんが口上を述べて、和する声が響くのを遠く聞きながら。一日通りすがっただけの旅行者にさえ、これだけの高揚と一体感を与えうる。気合の入った祭りとは、なるほどこのようなものなのだな、と。すっかりと空気に酔い痴れた次第でありました。

 帰路、駐車場に向かう道は、食べ物やクジの屋台でごった返し、ご近所さん同士が立ち話をしている。平和な、見慣れた、普通のお祭りの光景でありました。これは、これでいい。

 ところでここ秩父は、日本で初めて純銅が算出した土地でもあります。日本最初の貨幣といわれる和同開珎が作られたのは、秩父での和銅の算出がきっかけでした。
 そんなわけで、帰り道に寄り道。銭神様をまつる聖神社。なにしろ銭神様というだけあり、御利益のところに「宝くじが当たる」「馬券が当たる」と堂々と明記してある、非常に剛速球剛直球な神様で。飾ってある絵馬も、実際にたいがいでありました。

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 巨大和同開珎。この時点でもびっくりしましたが。
 山を登ったり下ったりして、近くにある和銅露天掘りあとの遺跡へ。

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 もっとでかいのがありました。ほんと好きだなこれ。

 さてまあ、そんなこんなで、買い物したりお土産買ったりして、レッドアローに揺られて。家に着いたらまだ晩ご飯時間の前、と言う。なにやら幻のような感のある、一泊二日の龍勢祭見物でありました。
 いやしかし、聞くだに驚きではありますが、実際に見た圧力、会場の雰囲気は、とてもではありませんが口述で説明しかねるもので。あの会場の人々がいっせいにはらはらする感じ、見事に飛び、見事に仕掛けを繰り出した時の爽快感は、まさにその場で見て聞かなくては、と思うもので。

 来年もまた行きたいものだ、とも、その前に秩父夜祭りにもちょっと行ってみたくなったりもする。
 全編かくのごとく。龍勢祭を見に行きました、と言う、そういったお話でありました。
 

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