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2016.01.16

貸し物屋お庸、壊された過去と歩み行く今日と(☆☆☆)

貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る (招き猫文庫)

貸し物屋お庸 江戸娘、店主となる (招き猫文庫 ひ 1-1)
平谷美樹
白泉社 (2015-01-05)
売り上げランキング: 71,542

 有名かどうか知りませんが、3Rと言う言葉があります。リデュース、リユース、リサイクル。ゴミをそもそも出さない、減らすのがリデュース。ゴミになりそうなものを、そのまま再利用するのがリユース。牛乳瓶とかそういうのですね。そしてリサイクルはリサイクルです。
 江戸はごみを出さないリサイクル都市だった、ものを大事にしていた、と言う話はだいぶん前から聞かされてますが、ムダを省く、と言う概念であればレンタルと言うのもあります。これを混ぜて4Rなんて言う言い方も、どうもあるようですけども。
 一大リサイクル都市だった江戸は、また一大レンタル都市でもありました。井原西鶴の戯曲にも、貸し物屋についての言及があり、江戸時代後期には四千近い店舗があた、と言う資料もあるようです。
 そしてこれは、そんな貸し物屋のお話なのです。

 紹介したいな紹介したいなと思っているうち、シリーズ三作目が出てしまった「貸し物屋お庸」。
 一作目となる「江戸娘、店主となる」、「娘店主、奔走する」ときて、最新作「娘店主、捕物に出張る」へと続きます。時は将軍綱吉の時代m貸し物屋(出店)の店主となった、お嬢様育ちだが口の悪い少女・お庸を主人公とする、中編の連作シリーズです。各巻だいたい4話くらいなので、通算12話くらいと言うところ。

 このシリーズの魅力はいろいろあるんですが、思いつくところで上げてもまず二つ。
 一つ目は、物語のフォーマット。だいたいのストーリーは、お庸のところに風変わりな客が訪れて、風変わりな注文をしていくところから始まります。あるいはお雛様。あるいはザル、ただし古いもの。あるいは猫(生類憐れみの令が出ている情勢下でこれは大仕事)。あるいは-- 母親。
 わけを聞かずに素直に貸せば揉め事にはならないのですが、わからないこと気になることに口を挟んでしまうのが、勿論この世の人情というもの。

 依頼人がいて、依頼がある。このあたり、探偵もののフォーマットに大変似通っているところなのですが。あくまでお庸のところに持ち込まれるのは、「これを貸してくれ」と言う、風変わりではあっても、者を貸してくれ、と言う商売の依頼だけ。しかし依頼人にはそれぞれ、後ろに抱えている事情があります。成し遂げたいこと、困っていることがあり、「貸し物」はあくまでそのための手段なのです。そして、その事情を知るために…… 困っている人を助けるために、あるいは悪事を阻止するために…… お庸は奔走することになるのです。
 依頼の裏の真の事情をまず突き止め、そののち、それを解決するためにどうするのか、と言う、二段階の謎解き。そして、その裏に絡む事情が、またさまざまです。予期せぬ悪事に荷担する羽目になりかけているのかも知れないし、どうにもならない困りごとなのかも知れない。そこに、人の世ならぬ怪異が絡んでくることも、ままあります。それがミステリなのか人情ものなのか、怪異ものなのか。まあタイトルだけで想像がつくこともありますが、読んでいかなければどのスタイルの話になるのか判らない、と言うのは、シリーズものだとすると、ちょっと面白いところだと思います。

 ……ちなみに、怪異にまつわる話が、決してお庸達が怪異の恐怖にさらされる話だけでもない、と言うところが、また面白いところ。お庸の雇い主である湊屋清五郎は飄々とした切れ者と言う人物なのですが、彼には「曰く付きの品」だけを集めたコレクションがあり、必要とあれば、それをあえて「貸す」ことで、言わば怪異を引き起こし、状況を有利に動かしていこうとするのです。この設定が持ち出される話はそんなに多くないんですが、「曰く付きの品をわざと貸す」と言う状況、ぞくぞくする設定なのでまた見たいところです。

 二つ目の魅力は、主人公であるお庸。
 大工の棟梁に育てられ、男社会の中で育ったせいで、見た目は可愛らしいが、口を開けば乱暴なべらんめえが飛び出すという寸法。初来店の一見の客とすごい勢いで口喧嘩を始め、お目付役の手代にたしなめられるのは日常茶飯事。頭は切れるし観察力も鋭いが、ガラが悪いわりにお嬢様育ちなので、なにかにつけて甘いところがあると。
 男言葉で話す美少女と言うのは、なんだかキャラクター傾向として安定して見かける気がするのですが(そういえば同じ作者の「修法師百夜」シリーズもそういう人でした)。ぽんぽん飛び出す掛け合いの勢いもさることながら。話を重ねるうちにおりおりで言及される、彼女の心中の移り変わり。

 第一話で語られるのは、なぜ彼女が貸し物屋の店主となるに至ったかの物語。彼女は、突然に両親を奪われました。家を襲った凶賊が、彼女の両親を殺めていったのです。
 まるで突然に、家族の命を奪われること。それ自体、以上がないくらいの悲劇ですが、彼女にとっての衝撃は、それに留まりませんでした。それは、彼女が今まで当たり前に思って暮らしていた世界、彼女を取り囲み、彼女を守っていた世界が、突然壊されてしまったことを意味していたのです。
 今までとはまるで違う振る舞いで接する他人たち、いまもなお壊れ続ける世界を必死に元のように維持しようとする家人たち。自分自身の力だと思っていたものが、実は自分を庇護していた、今はもういない両親の力であったこと。衝撃を受け、屈辱を受けて。そのうえでなお自分の力でなにかを為そうとして。それがこの物語の始まりへとつながっていくと。
 自分で選んだ答えに、決して迷いがないわけではない。そこにどうにもならない郷愁をおりおり滲ませながらも、自分の力で、あるいは回りの力を正しく頼って、なんとかしようとしていく。
 やりたいことと、実際にできることには大きな隔たりがあり、時に無力無念を噛み締めることがあっても。本店の主の湊屋清五郎、お目付の手代の松之助、清五郎配下の浪人・半蔵ら、商売で関わりになった人々。回りの大人達に見守られ助言を受けながら、自分自身のいるべき世界を自ら作り出していく。そんな雰囲気がおりおりに出ていて。非常にそのあたり魅力的に感じられるのです……。

 …………と、まあそんな感じで。二作目でフォーマットも安定してきたなあ、と思っていたら、最新作の三作目でいきなり安定していた展開を、さらに根元のほうから揺さぶってくる脅威の展開に。おいおいそう来ますか。

 そんなわけで、非常に続刊も楽しみなこのシリーズ。遅くなりましたが一筆ご紹介でありました。

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