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2016.06.18

山手線を四半周、初夏の谷中をのぼりおり。(☆)

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 くだりの富士見坂。

 そもそものきっかけは、夕方にあった用事がキャンセルになって一日予定が空いてしまったことでした。まあ夕方に母のところに行くのは決まっていたので、練習会にはどっちみち行けないし。
 さてどうしよう。自転車に乗ろうか散歩でもしようか、と思って、ぼんやり地図を眺めていたら、ふと気付いたことが一つ。
 そういえば、田端で降りたことがありませんでした。

 山手線の駅も、それはよく行くところもあんまり行かないところもありますが、山手線の駅くらいは、ひととおり全部乗り降りしたつもりでおりました。
 新宿渋谷池袋、乗り換え駅は言うに及ばず。鶯谷も博物館行く時に降りたし、駒込も東洋文庫に行く時に降りたし。しかし田端かは降りたことがない。果たして駅の回りには何があるのやら。

 天気もいいし、ここのところ色々煮詰まってた感があるし。あえてここはなにもしないを企図して、ひさびさに散歩に出てみた次第でありました。

 でまあ、いきなり結論から言うと、田端周辺では何も見つけられず、いかした坂道と、断崖の上から見える山手線の光景が実にかっこいい。と思いつつ、日暮里方面にぐるりと回り始めます。とりあえずまあ、上野あたりまでぶらぶら歩いてみようと思いまして。
 ほぼ線路沿いに歩き、いったん下って西日暮里駅へ。蕎麦屋に心引かれつつ、横の坂道をえっちら上がって道灌山公園のまわりをぐるり。このへんに散歩ガイドの看板があったので、素直にそれに従って。先程の写真の富士見坂を下って、路地に入ります。

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 その富士見坂の途中で見かけたフェンス。融通が利かなそう。

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 恐竜がいるのはすぐに判って、なんだあれ、と思ったんですが、横にいるのがどう見てもダイレンジャーの戦隊ロボット・牙大王(1号ロボ+強化メカの別パターン合体)でなおさら首を傾げる。反射的にtwitterで「有名なんだろうか」と呟いたら、谷中では有名と教えてくださる方がいました。そりゃそうですよな…… 目立ちすぎますもんな……。
 下まで行ってみたら、どうもアトリエかなにかのようです。なるほ…… いやわからない。なんとなくわかる気がするだけだった。

 ぐるりと回りこみ、お店のあるあたりまで行くと、あの有名な階段が。

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 夕焼けだんだん。真っ昼間昼日中ではありますが、坂また坂の街並みにこのかわいらしいサイズの階段はいいですね。
 さすがにこのあたりまで来ると、散歩をしている人をかなり見かけるように。逆にうわさの猫たちはまったく見ませんでした。まあこの暑さですからね……。

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 ビールも地ビールもいろいろ出ていて目移り。もっとも今日は二日酔い気味だったのと、後で自転車に乗るつもりだった(結局乗らなかったんですが)ので我慢。それはいいんですけど、ここ花屋なんですよね。なぜなんだ。

 日暮里の駅まで下ったあと、ふたたび坂を登って谷中霊園へ。東京三大霊園の一つです。あと二つが正確に何を指すのかは諸説あるようですが。
 ところどころにある案内板を見つつ、ここを横切って、鶯谷、上野公園方面を目指します。ちょうど国立博物館の裏あたりに出るはず。
 散歩の人達に混ざって説明文を読んでいたら、谷中霊園の由来について気になることが書いてありました。天王寺、昔は感応寺と言う名前だったそうですが、「元々は日蓮宗の寺だったが幕府の命令で天台宗になった」とまあ、だいたいそういうことが。いやそんなことあるのかでも。宗派ですよだって。

 気になって家に帰って調べてみたら、興味深く、ちょっと意外なことが書いてありました。感応寺、もともと日蓮宗なのはもちろんそうなんですが、しかも不受不施派だったのだそうです。不受不施派と言っても僕もそんなに詳しいわけじゃないんですが、大事なのは、不受不施派は江戸時代には禁教だったということ。キリシタン並の扱いです。
 表向きは別宗派を装い、秘密信仰として生き残りつつ、不受不施派からの改宗を拒んだ人々は、思想犯として遠島の刑に処されました。遠島。思想犯。そう、八丈島にです。
 八丈島には不受不施派の僧侶が流人として多く配硫され、観光協会のwebによれば、はっきりしているだけで25人、実際には恐らくそれ以上が島流しとなり、7人の墓が残っているとのこと。
 どこで見たか判らなくなりましたが、しまいに八丈島は役人まで含めてみんな不受不施派になったと言うページもあったりする始末。まあそれは極端にすぎるにしても、離島と言う場所と強固な信仰と言う組み合わせは、かなりの勢力を得たには違いはないでしょう。
 話を戻すと、不受不施派だった当時の感応寺も禁教とされ、改宗を強制されました(「幕府の命令」とはこのことを指すのでしょう)。幕府の命令で不受不施派が改宗される場合は天台宗になるパターンがあったらしく、そのために日蓮宗不受不施派の感応寺は、天台宗の感応寺となり、最終的に天台宗天王寺に名も改められた、と言うことのようです。

 江戸時代は、谷中や上野は江戸の市域かぎりぎりのラインだったとは思いますが、首都のすぐ近くに、こんな巨大な禁教の寺院があるのは、幕府としては嫌だったのでしょう。
 ともあれ、あてもなく散歩していて、八丈島に絡む話を回収するとはさすがに思いませんでした。世の中はいろいろ関連しているものです。

 首尾よく博物館の裏に出て、ミュージアムショップでちょっと休憩。公園を抜けて上野駅に行き、名前は知っているけど入ったことがあったか判らなかったヤマシロヤさんをちょろっと見物。アメ横から一本抜けて、御徒町方面にぶらぶら歩いて。そういえばここいらへんにあったはず、と、記憶を頼りにたどりついた、スパゲティのパンチョで遅いお昼ご飯。
 そのまま大通りの方に抜けて、三軒ほど固まっているワイズロードさんで鞄とかヘルメットとか物色したあと、おおむね見覚えのある風景の秋葉原大通りへ。ベルサールでEスポーツのイベントをやっているのを横目に見ながら、山手線を1/4周ほど廻った散歩を締めくくった次第でした。

 まあここのところ煮詰まったり運動不足だったり、ちょっと酒量が多かったり。
 酒を抜いて気持ちを切り替えて、さっぱり暑い最中を散歩するのは、実にいい心持ちで。そんなわけで、ひさびさに何もしない日を満喫した土曜日のことであいrました。

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