この世界の片隅に:脆く儚く、終わることもない「普通」について(☆☆☆☆)
リンク: 11月12日(土)全国公開 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト.
人間あんまりいい評判を聞くと、却ってヘソを曲げるものですが。
twitterの(自分の)タイムラインで評判がいい、と言うことは、世間一般で必ずしももてはやされている、と言うことではないのだな、と。マイナスとマイナスを掛け合わせる理論で以て、見て参りました。こちらの作品。
上記は、半ばはまあ冗談で。本当のところを言えば、今の気持ちの持ちようで見ると、厳しいんだろうな。辛いんだろうな。と思い、なかなか腰が上がらなかったのですが。全然違う用事でかかってきた電話に、何の気なしに「明日見に行くつもりなんで」と答えたことで。自力で自分を蹴飛ばして、ようやく見に行った次第でした。
池袋ヒューマックス、午後の会。席はほぼほぼ満席、エレベーターが混み合って劇場に辿り着けない大盛況でした。
そして評判通り、とても良い作品でした。すばらしいとか、面白かったとか綺麗だったとか言うより、良い、ただただ良い映画。丁寧で、優しく几帳面で、とてもゆるやかで穏やかで。そこに描かれ動いているものが、どうにもならないような現実だったとしても。筆致、演出って言うより筆致って言いたくなりますが、まるでとても、突き放すようではなく穏やかな。
太平洋戦争も末期の頃。軍港に嫁いだ女性の、それから数年の日々を描く、と、言ってしまうとそれでまとまってしまう物語なのですが。そこで描かれているのは、戦争状態の中の日常の風景。
戦争が行われている中にも、普通の暮らしはある。というよりも、戦争が行われ、戦争が続く限り、その中での暮らしは、どうあがいても「普通」になっていく。劇場のこちら側からすれば、そして戦争の前を知る劇中の人々にとっても、決して普通ではありえないはずの日々は、いろいろと工夫され、受け入れられ、徐々に普通へとなっていく。
街の人達が、そのじつは苦労して、普通ではない状態を普通の日々として獲得していく、その空気のさまを。絵と空想が大好きで、馴染みのない土地に嫁ぎ、要するに普通ではない状態を、普通として受け入れていく、どこかふわふわした主人公のありようと噛み合わさり、話は進んでいく。
歴史に残った様々な出来事を、頭上に、風上に感じさせながら、獲得された貴重な普通の日々。劇中の人々はその中を生きていこうとするけれど。
その普通は何の約束もなく、もろくはかなく、何の前触れもなしに崩壊どころか消滅することを、僕らは、観客はしかしもう知っているわけです。1945年8月の広島、8月の日本。そのときに向かって、おだやかに、残酷に、作中の暦は進んでいく。
何の予備知識もなく見に行ったわけですが。なにかこう。ドキュメンタリーのような、あるいはノンフィクションのような、不思議な連続感を、ずっと映像からは感じていました。誰かの日記を、ノンフィクションを下敷きにした作品である、と言われたら、すんなりと納得してしまいそうな。カメラが回る前から物語は始まっていて、エンドロールが終わっても物語は続いていく。
見ているときはただただ圧倒され、見終わってから、そんなふうに、あれこれとようやく思いを巡らせる余裕が出来たような次第です。
折にふれて、年に一回くらい。こういう映画をテレビで流してほしいな。と思います。いろんな人が見て、いろんな感想を持つだろう作品。
今年は色々あって、久しぶりに行った映画館。劇場に見に行って、ただただよかったな。と思った、一作でありました。
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