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2019.01.24

あるいは謎を語る者の覚悟について:「死に山」(☆☆☆)

死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

 ロシアはウラル北部のその土地がディアトロフ峠と呼ばれているのは、イーゴリ・ディアトロフにちなんでいる。
 冷戦さなかの1959年、日本で言えば東京オリンピックの開催が決定した年の2月。ディアトロフ率いる9人の学生登山チームが、ウラル山脈のオトルテン山を目指す最中、消息を絶ったのだ。
 零下三十度を超す極寒の土地とはいえ、ディアトロフ達は全員が経験豊かな登山家で、土地にも慣れているはずだった。極寒の中、派遣された捜索隊がようやく見つけ出したのは、異常な状況で死を遂げた9人の姿だった。
 彼らは唯一の安全地帯であるはずのテントを捨てていた。半数以上は凍死していたが、残る者には外傷の-- 頭蓋骨が骨折するような重い外傷の-- 後があった。ひとりの女性は舌を失っていた。ほとんどの者が裸足で、防寒具ところか半裸と言っていい者もいた。衣服はのちに発見されたが、高濃度の放射線で汚染されていた。

 調べれば調べるほど謎が増えていくこの遭難、当局が幕引きを急いだこともあり未解決のまま残り、ディアトロフたち9人に起きた出来事は、いつしかロシアの都市伝説、《ディアトロフ峠事件》となっていった。未知の襲撃者、政府の陰謀、彼らは見てはいけないものを見てしまった、さらには宇宙人説に至るまで。

 ディアトロフ峠事件から、およそ50年後。アメリカ人の映像監督である著者は、ウラル山脈はオトルテン山を目指していた。50年前、ディアトロフ達に一体何が起きたのか。伝説と定説に覆い隠された、ディアトロフ峠での出来事を、己の身で追体験するために。

 そのようなわけで。烏羽さんに教えて貰って、勢いで読破してしまいました「死に山 世界一不気味な遭難事故」。
 ディアトロフ峠事件については全く知らなかったんですが、わりと最近テレビで取り上げられたりしてたんですね。調べたらPS4とかでゲームの題材にもなっている模様。

 この本の著者、ドニー・アイカーは、ディアトロフ峠事件に強い興味を持ち、関係者への取材やインタビューを重ねた上、ついにはディアトロフ達の足跡を辿って、真冬のウラル山脈に旅立ってしまった、と言う人物。
 この本はそれらの取材の成果と、そして著者自身の体験を交互に語る、過去と現在との話が交互に現れる構成となっています。
 さらに過去の話、ディアトロフ峠事件当時の話についても2部に分かれています。
 片方は「そのとき」までの物語、ディアトロフと仲間達が、エカテリンブルグを出発し、のちディアトロフ峠となる土地で遭難するまでを。
 もう一方は、「そのとき」からの物語、ディアトロフ達が帰還しないことから派遣された捜索隊が、現地の不可解な状況を、どのような時系列で発見していったかを。
 そして最後に、現在の視点。取材を重ねながら、ディアトロフ峠を目指す著者の取材の過程と旅程。
 この三つが、それぞれの状況と、取材の結果を踏まえつつ、交互に語られていきます。工科大学の学生だったディアトロフ達のような、当時のソ連の若者達がどんな社会情勢で暮らしていたか。自分達の運命を知る由もない9人の真剣だが陽気な旅路。次々と明らかになる状況に、情報と困惑をメモに残しながら、地道な捜索を続けるボランティア中心の救助隊。そして遺族への当局の圧力。

 長く謎のまま残され、伝説となってしまったこの事件は、五十年に渡って無遠慮な好奇心の対象ともなりました。最後までディアトロフ隊と一緒にいた人物は、著者に問いかけます。アメリカに未解決の事件はないのですか、と。
 どうしてこの事件を追いかけるのか、なぜウラル山脈まで足跡を追わねばならないのか。著者自身の抱く葛藤と執着とが、素直に描かれていることが。謎、伝説でもフィクションでもなく、かつて多くの人を悲しませ、今も少なからず苦しめている、そんな謎を追う者としての真摯さを感じさせる。その真摯さが、本全体を通じて、突き放した解説ではなく、温度のある物語として、この遠い昔の悲劇を語り起こしているのではないかと思います。

 著者が自分なりの回答に辿り着く、そこまでの構成の妙と真摯さで読ませる本書。
 タイトルはいささか扇情的ですが、浮ついたところのない一冊でした。ぜひ。

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